第414話 別れ……1

「刀夜、自警団の連中は?」


 まだ龍児から剣先を向けられている状況だがこれ以上待っている訳にはいかなくなった。ボドルドから訪ねられた刀夜は姿鏡を覗きこんだ。


「ガーディアンを突破されて洞窟に入ったようだ。すぐにでも雪崩れ込んでくるぞ」


 刀夜が見た所、自警団の先方はレイラの隊が斬り込んで部隊を先導していた。洞窟内は拓真たちを追いかけていたガーディアンが少しいるだけなのでこれはすぐに突破されるだろう。


 しかし、洞窟内は概ね一本道とはいえ鍾乳石により入り組んでおり、彼らは無いはずのトラップを警戒する必要があるため、もう少し時間は稼げる。


 だがそれとて多くの時間を稼ぐのは不可能だ。そして最もマナが活性する満月のときは差し迫っている。


「一刻の猶予もならんな。よし、刀夜! すぐに装置を起動しろ」


「……分かった」


 パテーションの裏へと移動しようとする刀夜を龍児が止めた。


「待てよ! まだ俺は納得してないぞ!」


「龍児……お前……この後におよんでまだ……」


「ち、ちげーよ、このクソバカ!」


 違うと言ったがボドルドの件ははっきり言って納得していない。だがタイムリミットが差し迫っているいるのは事実だ。悔しいが刀夜のいうとおり自分のわがままで皆の帰還の邪魔をするわけにはいかなかった。


 それにまだ目的を果たしていない人物がいる。龍児は手にしていた魔法剣を離すと、剣は重厚な音を立てて地面に落ちた。ここまで来ればこの魔法剣も必要なくなった。


 そして側にいたリリアの背中を軽く押して彼女を前にだす。急に押されたリリアは一歩二歩ともたついた足取りで前にでると龍児に振り向く。


「りゅ、龍児様……」


「何のためにここまで来たんだ。ぶっちゃけちまえよ」


 何のために――そう自分の気持ちを刀夜伝えたくてここまできた。


 モンスター工場で出会ったときは刀夜からは感謝の言葉はあったが、それは一方的で後は突き放されてしまう結果となった。そのために自分の気持ちをまだ彼に伝えきれていない。


「と、刀夜さま……」


 刀夜と目が合うと彼からは強い視線を返してくる。鋭く、冷たささえ感じそうな目であるがしっかりと自分を見つめてくれている。


「刀夜さまにはたくさん助けて頂いてありがとうございました……」


 ――違うこんなことを話したいんじゃない!


「お互い様だ。気にすることはない」


「あ、あの……それで……」


 いまここで伝えなくてはもう二度と機会はなくなる。だがもし拒否されたら……そう思うとリリアは急に怖くなり、思うように言葉がでなくなってしまった。


「あ、あたしは――」


 いろいろな感情が頭の中で渦巻きながらも必死に声をだそうとする。だが頭は今にも真っ白になりそうであった。


 そんなリリアに代わって「お兄ちゃん!」と先に声をかけたのはエイミーだ。


「どこか行っちゃうの?」


「…………」


 エイミーの率直な質問に刀夜は答えれなかった。これから居なくなる自分をどのように説明すれば良いのか分からない。


 刀夜にとってこのようなことは苦手だ。そもそもエイミーを連れくること事態が想定外なのだ。


 彼女の体には帝国人であるゾルディの魂があり、彼女とボドルドは敵対関係にある。そしてその正体はマリュークスとの戦いを覗いていたボドルドに知られてしまっている。


 この先、ボドルドが彼女を生かしておくわけがない。それにこれは彼にとっても想定外のシナリオと言えた。彼の知っているシナリオにゾルディはここにはいないはずなのである。


 刀夜はマズイとチラリと視線をずらしてボドルドを見た。彼は無表情ではある。正しくは喜怒哀楽を一切見せぬ不気味な顔で、あたかも感情をみせないようにしているようにも見える。


 まずい……


 ボドルド今は帰還が最優先だけに自身の感情を押し殺しているのだと刀夜は感じた。事が終わればリリアはともかくエイミーは殺されるかも知れない。


 刀夜は再びエイミーを見れば彼女は不安げで、彼女なりに刀夜はいなくなるだと察していた。居なくなるのだと悟った彼女はつぶらな瞳に大粒の涙を浮かべる。


「嫌だー! 皆でお家に帰ろうよぉ」


 エイミーは素直に自分の感情を刀夜にぶつけてくる。幼い力で必死に彼の足にしがみつき、刀夜をいかせまいと踏ん張っている。


 そんな素直に感情をぶつけるエイミーにリリアは羨ましさを感じた。自分もこれほど素直に言えればどれだけ楽だろうかと。


 だがそれは同時に刀夜を困せる結果となっている。現に刀夜はエイミーをうまく説得できる言葉が捻出できずに困り果てている。


 リリアはそんな彼を見て、彼の気持ちも考えず自分の気持ちばかり押しつけて良いものだろうかと考えてしまう。


 ――好きだからこそ彼には幸せになってもらいたい。彼の望むことを阻みたくはない。


「ほら、エイミー。刀夜様が困っているわ。ちゃんと送ってあげないと……」


 リリアそう言ってエイミーを刀夜から引き離した。だが本当はその言葉は自分に言い聞かせたようなものだ。刀夜から引き離されたエイミーはリリアにしがみついて泣きじゃくる。


「刀夜様……私は刀夜様をお慕い申し上げました。どうかお体を大切にしてください」


 彼女にとってそれが精一杯だった。


「…………」


「私はもう大丈夫ですから」


 リリアは精一杯、刀夜に笑顔を差し向けてみた。喉の奥から込み上げてくるものを必死に押さえながら。


「リリアちゃん……」


 彼女の気丈な思いは舞衣たちにも伝わってくる。


「くッ!! おい! ボドルド!!」


「なんじゃ?」


「せめて刀夜だけでも置いていけないのかよ!」


「ならぬ。生き延びた全員の帰還が条件じゃ」


「じゃあ、せめてリリアを連れて……」

「やめろ! 龍児、リリアを連れてゆくのは契約違反だ。彼女は置いていく!」


「捨てていく気か? てめぇ、この娘の気持ち知っててそれを言ってるのか!?」


 まるで『拾った猫が面倒見きれなくなったから再び捨てる』といったような刀夜の言い草に龍児は怒りを覚えた。


「やめて下さい龍児様! 始めから決まっていたことです。それに私はもう刀夜様から十分に幸せをたくさんいただきました。もう十分です……」


 リリアは龍児の腕にすがりついて彼を止める。


 刀夜と出会ったときから彼の手伝いをすると約束をしていた。そして彼らが帰れるチャンスは今、この瞬間しか無いことを理解していた。


 自警団の連中がなだれ込んでボドルドが捕まれば、もう二度とそのチャンスは来ない。


「し、しかしよぉ」


「皆さんにも龍児様にも向こうで待っている人達がいるのでしょう?」


 龍児の顔は苦渋で歪む。皆の家族や友人は、あのような事件があれば死んだと思っているに違いないのだ。そして願わくば戻ってきてほしいと叶わない思いにせているに違いない。


 だが自分達が戻るには仲間のかたきを見過ごし、彼女を置き去りにしなければならない。既に何度も味わった苦渋の決断をいままたその洗礼を受けることになるなどとは思いたくもなかった。


「だが、確実に帰れる保証なんて……」


「いや帰れる。確実に帰れるんだ。時間がない。決断しろ龍児!」


「龍児様!」

「龍児……」

「龍児くん」

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