第412話 ボドルド接見2

 刀夜と龍児の間にしばしの沈黙が訪れた。その様子を伺いつつ押し黙って話を聞いていた老人の口が開く。


「龍児よ。すまなんだな。わしの実験に皆を巻き込んでしもうた」


 その言葉に刀夜は横目でジロリと視線を向けた。


 ――実験だと?


 クラスを転送したのは意図的にやったことであり、そのような苦しい言い訳で龍児は説得できないだろう。むしろ火に油を注ぎそうで刀夜は嫌な予感がしてならない。


「実験だと!? 俺たちはモルモットか?」


「そうではない。たまたま偶然お前たちは巻き込まれてしまったのだ」


 巻き込まれたのは偶然ではないはずだが、モルモットではないのは確かだと刀夜は内心突っ込みを入れる。


 刀夜はこの老人は嘘をつくのも説得するのも苦手らしいと感じた。ともなればあまりこの老人に龍児を説得させるのは止めさせたほうが良いかもしれない。


 ――きっと収拾がつかなくなる。


 刀夜は大きくため息をつく。


「納得できるか! どけ、刀夜!」


 剣を構え直した龍児に対し、刀夜は老人の盾になるように前へと出た。そしてボドルドに変わって龍児を説得にかかる。


「ダメだ龍児。生き残ったみんなの希望まで奪うつもりか?」


 龍児には嘘を言うより論理的に詰めたほうが効果的だ。生き残った仲間の帰還は全員の願いであり龍児もそこはブレてはいないはずである。


 だがそれでも龍児の顔は納得できないとそう言っていた。あまりにも多くの人々が巻き込まれて亡くなりすぎた。そしてそれが偶然などと誰が信じよう。


「龍児。この爺の事は自警団に任せよう。どのみちこの男の処分はこの世界の人達に委ねて裁かれるべきだ」


「くっ!」


 失った命はクラスメイトの数より圧倒的にこの世界の人々のほうが多いのだ。ボドルドやマリュークスが自分たちの世界の人間だとて、事件が起きたのはこちらの世界であり巻き込まれたのは彼らのほうである。


 だがそれでも龍児は失った仲間のかたきを自分の手で取りたかった。


「だが、俺たちが帰還したらこいつはまた逃げるぞ!」


 そうなればまたモンスター工場の二の舞となってしまう。


「そうなったとしても俺たちがどうのできる話ではない」


「この世界にまたモンスターが溢れたら残るリリア達の未来も危うくなるんだぞ!」


「そんなことは分かっている。だが俺たちがこの世界に残った場合の危険性は話しただろ? リリアどころではなくなるぞ」


 それこそマリュークスの思惑どおりになってしまうのだ。それだけは絶対に避けなければならなず、ごねる龍児も言い返す理由が苦しくなってきた。


 刀夜は興奮しそうな感情を殺して心を落ち着かせるように大きく深呼吸をする。


「龍児、お前が納得いかなくとももう時間なんだ。これ以上帰る帰らないというような議論できる余裕はない」


「…………」


 マリュークスが狙っているような世界の破滅が本当に起こるのはかは誰にも分からない。それは誰も実証のしようがない机上の空論だからだ。


 だがその机上の空論とやらは龍児ですら聞いたことのある有名な話しである。ゆえに刀夜のいうことも分からないではないが彼の心はそれを拒否したくてやまなかった。


 だが二人の話しを聞いていたボドルドは眉をひそめた。話の流れが自分の知っている、いや聞いていた話と微妙に異なってきてきるいることに。


 しかし、ここにきてシナリオの変更などできはしない。時間が差し迫る中、何としても龍児を説得して早急に帰ってもらわなければ困る。


「本来ならお主達はここに居てはいけないのだ。お前達はここの人間ではないのだからな」


 ボドルドは刀夜に加勢して龍児を説得しようとするが、それは龍児のカンに触った。


「お前だってこの世界の人間じゃねーだろうが!」


「そうじゃな……じゃが我々はもう帰る意味がない」


「意味がない?」


「聞いておらぬか? 我らは魔石によって命を長らえている。帰ればマナを供給できなくなって死ぬことになる」


「それだけ生きてりゃもう十分じゃねーか」


「酷いことをいうのう…………それに……」


 ボドルドは暗い顔で表情を落とすと、長い髭を擦りながら言葉を続けた。


「帰ったところで誰かが待つでもない。お前たちとは違うのだ」


 確かに帰ったところで年代が異なっては孤独でしかない。それは確かに寂しい話ではある。


 だがボドルドの目的はこの世界で好きなだけ魔法の研究をすることであるのは刀夜から聞かされている。


 ――同情に訴えようなどとあざとい!


「何が酷いことだ!! 多くの人を殺しておいてどの口がそれをいう!」


 ボドルドは心の中で舌打ちをすると『面倒さいヤツ』と聞こえないよう小声で呟いた。


 そのときだ龍児達がこの部屋に入ってきた扉とは別の扉がゆっくりと開いた。木の軋む音が立つ方向に皆が振り向く。


 魔術師のローブを着た男がほうき頭の男を背負って扉から入ってきた。その後ろを見覚えのある面々がこの部屋の風景に戸惑いつつ、連なって入ってくる。


 いうまでもなく拓真達だ。舞衣達も含めて誰一人欠けることもなくこの部屋へとたどり着くことができた。


「龍児君!」


 拓真が龍児を見つけると声を張り上げる。拓真の声に釣られて舞衣たちも龍児の方向を見た。


 花が咲き誇る小高い丘のような場所で龍児とリリア、そして刀夜と魔法使いらしき老人が向き合っている。


 だが龍児は背負っていた魔法剣を抜いていた。剣は重いせいかその先は地面に落としてはいるが、刀夜たちの方向に向けており、両陣営の表情からただならぬ雰囲気を拓真は感じ取った。

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