第411話 ボドルド接見1

 扉の隙間からこぼれた光に二人は思わず顔を背けた。やがて光に慣れてくると、ゆっくりと目を開けて部屋の様子をうかがう。


 扉の奥の部屋は先程の部屋よりはるかに狭い。しかし、ここを部屋と呼ぶにはあまりにも大きかった。


 今までの薄暗い雰囲気とうって変わり、昼間のような光が部屋中を照らしていた。


 床に敷き詰められた大地から色とりどりの花が咲き乱れて蜂や蝶が舞う。そこはもはや部屋と言うよりもまるで春の訪れた高原のようだ。


 そのような光景に二人は唖然あぜんとした。


 部屋の中央にある丘には白い丸テーブルが置かれている。そのテーブルの上にはティーセットが置かれており、2つのカップからはまるで今しがた注がれたかのように湯気が立ち上がっていた。


 二人はテーブル横のいる白髪の老人に目を向けた。彼はロッキングチェアに深々と腰を落として椅子を揺らしている。老人は長い髭を摩りながら龍児達をぼんやりと見つめていた。


「お前がボドルド・ハウマンか」


「いかにも、やはり一番乗りはお前か龍児」


 ボドルドは嬉しそうにそう答える。


 ――一番乗り?


 龍児は辺りを見回したが確かに拓真や舞衣達の姿はなく、彼らががまだ来ていないことに不安を感じた。どこかで足止めを食らっているのか、または単に予想より距離があったためか……


 刀夜が用意した地図の距離感は当てにならないのは自分達の通ってきた道からして重々承知している。


「どうじゃ、賭けはわしの勝ちじゃな」


 ボドルドは後ろを向いて誰かに話しかけた。


「自警団も存外、不甲斐ない……」


 老人の後ろの洋風の折り畳みパテーションから刀夜が姿を現す。黒い髪はボサボサで伸びきった前髪は顔を半分を覆い隠すほど長く、緑色を基調とした狩人風の服を着ている。


 自警団を妨害しているガーデアンは強くはあるが知恵を使って戦えばそれほど強敵でもない。


 過去、自警団との共同作戦で戦略の重要性を見せつけたつもりであったが自警団は特にそれで変わった感じを見せなかった。正直ガッカリではあるがお陰で時間稼ぎにはなっているので気持ちとしては微妙なところだ。


 リリアは探し求めていたその男を見つけるとその名を呼んだ。


「刀夜様!!」


「リリア……」


 短く呼び合うとリリアは刀夜の目を、刀夜はリリアの目を、まるで時が凍りついたかのように見つめる。二人が出会ったあの運命の時もこうしてお互いから目をそらすことができなかったことを思い出していた。


 彼女との出会いがなければ刀夜は今頃は屍をさらしていただろう。一年半という長いようで短かった時は濃厚で今や彼女は刀夜にとってかけがえのない相手である。だが、それゆえ消えゆく自分をいつまでも引きずって欲しくなかった。


 龍児はボドルドから刀夜に視線を変えた。


「刀夜……」


 龍児は声のトーンを落とし、静かに、そして力強く男の名を呼ぶ。だが刀夜は返事を返さず、ただ視線だけを龍児に返した。


 龍児は約束通り皆を連れてきてくれた。トラップが作動し、マリュークスに襲われ、リリアを奪われたときはどうなるかとヒヤヒヤものであったが彼はやってのけた。


 だが刀夜としてはいささか気に入らない展開ではある。地図にバツ印をつけて巨人兵のいるコースを選ばないようにしておいたのに龍児はボドルドの描くシナリオどおりにその道を通ってきてしまったのだ。


 この程度ではボドルド達のシナリオを覆すことはできないのだと、どこか認めてしまいそうになる自分を腹立たしく思えた。


「そこをどけ!」


「何?」


 龍児は背負っていた魔法剣を抜いた。突如の敵意に刀夜は何事かと困惑を隠せない。龍児の目には怒りが灯しており、これもシナリオどおりの展開である。購えないのかと刀夜は苛立ちが募る。


「何のまねだ龍児?」


「色々考えてみたが……やはりそいつのやってきた事は許せねぇ」


「ここまできて子供みたいなことを言うな」


 そんなことをされてはここまで準備してきた苦労が水の泡となる。いや、それどころか自分たちが元の世界に戻らないとこの世界そのものが危うくなりかねないのだ。


「だが、俺たちがこのまま帰ったらコイツはまた逃げて世界に驚異を振り撒くことになるんだぞ! プラプティの悲劇やティレスのような娘がまた増える。そいつはリリアの故郷の敵なんだろ? 答えろ刀夜!」


「…………」


 刀夜は椅子にもたれ掛かっているボドルドと目を合わせる。彼がプラプティを滅ぼしたことは分かっていた。


 リリアの話によればプラプティを襲ったモンスター軍団は統率が取れていた。となれば制御している合成獣が存在しており、それは教団がやっていたはずだ。


 だが教団と言えどこれほどの大がかりなことをやるからにはボドルドの許可を必要とするはずである。もしくはボドルド自ら直接の指示の可能性も……


 刀夜がそう考えていたのは帝都に行くまでだ。だが今は帝都で得られた情報でそれは確信へと変わっている。


 リリアを不幸に貶めた元凶であれば、この手で復讐して罪を償ってやりたい気持ちは刀夜にもある。だが帰還へのタイムリミットは着々と進んでおり、そんなことを待ってはいられないのだ。


「どけ、刀夜。そいつは生かしておけない! 罪を償わしてやる!」


「それはダメだ」


「なぜだ!」


「俺たちが元の世界に帰るには、どうしてもこの人の力が必要なんだ」


 だがボドルドだけの力ではまだ不十分であり、あともう一人……特殊な力が使える魔術師が必要なのだ。


 刀夜が整備していた装置は厳密にいうと転移装置ではない。これはあくまでも入り口を開く鍵や門のようなものであり、事象を発現させるためのきっかけを作る装置である。


 ゆえに転移を行うには魔法の力が必要不可欠であった。

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