第409話 すべての元凶

「凄い……傷があっという間に……」


 マウロウが施した魔法によりティレスの傷は一瞬で治った。だが、これはただの回復魔法ではない。


 回復魔法は自然治癒力を高めて傷を修復するため傷跡が残ったり痛みも残るものだ。しかし、マウロウの魔法は完全に元の状態へと戻ってしまったのである。


「い、一体どうやって……こんなの見たことも聞いたこともない」


 ティレスは大ケガを追っていた自分の足を見て驚く。


「これは私のオリジナル。古代……帝国の魔法にもなかったしろものじゃから知らぬのも道理じゃ」


 一般の賢者と呼ばれる存在は帝国の古代魔法を読み解き、その中から自分に合った分野を一生をかけて研究してゆくことが多い。


 だがその研究は帝国の技術を越えることはなかった。人間では真理にたどり着く前に大抵寿命を迎えしまうからだ。


 しかも研究成果の大半は表にはでなかったり、魔術ギルドに隔離されてしまうことが多い。ボドルドやマリュークスのように不老となった身でなければ難しい話だ。


「あ、貴方は一体何をしたの?」


 ティレスはマウロウに何の研究をしていたのかと追及しようと手を伸ばしたとき、自身の身に起きていた変化に気がついた。


「こ、これは……」


 ティレスは自分の手を信じられないといった顔でマジマジと見つめた。


「奴隷の刻印が……消えてる……どうして?」


 あれほど自分を苦しめてきた奴隷の刻印は跡形もなく消え去っていたのである。


「……せめての……償いをさせておくれ……」


 マウロウは辛そうに頭を下げた。ティレスにしてみれば彼のいっていることの意味は全くわからない。彼女ははっとして自分のお腹を擦るよう押さえた。


「まさか……」


「君のそこも元に戻っているはずだ。ちゃんと子供を生めるように……」


 それを聞いたティレスは青ざめた。彼が何の研究を行っていてのか薄々分かってきた。だがそんなことが可能なのだろうかにわかに信じられない。


「あなたは……一体何を!」


 十中八九間違いないと分かっていても問いただしたくなる。聞いてはならないような気がするが聞けずにはおられない。


「一体何の研究をしたの!?」


 マウロウはうつむきながら悔やむように答えた。


「決して開けてはならなかったパンドラの箱……」


 パンドラの箱が何なのかはティレスには分からない。だがそれは恐らく絶対禁忌のことではないだろうかと思った。


 彼女がまだボドルドに魔法を習い始めたころ少しだけその話を聞いたことがある。禁忌とは帝国の人々が使ってはならないと定めた魔法のことだ。


 その大半は倫理的な問題で禁止とされたもので、過度な命の延命や生命進化をもて遊ぶようなものである。


 しかし禁忌とされる中でも絶対禁忌といわれる魔法は発動すれば世界の存亡が危うくなるようなしろものだという。


 だが帝国時代の古代魔法にはそのような魔法は存在しておらず、机上だけの魔法理論だったと聞いていた。


 魔法文明である帝国ですらそのようなのに人一人の人生の間で帝国の遺産からそのような強大な魔法を作れるはずはない。


 そのような魔法を開発するにはボドルドやマリュークスのように帝国の技術を直接学んでいる必要があるのではないか?


 であればこの男はボドルドやマリュークスと同じなのではないかとティレスはそう考えた。マウロウから視線を反らすと視界にマリュークスが入った。


「マリュークス!」


 ヤツの姿を見るなりティレスの中で急に怒りが込み上げてくるとマウロウの一件は後回しとした。マリュークスはいまだスリープの魔法で眠りこけるので復讐のチャンスなのである。


 ティレスは立ち上がるとマウロウを横切ってヤツの元へと歩み寄ろうとした。彼女にしてみればこれほどの絶好の機会はないだろう。


 これまではボドルドの顔を立てて封印という事で彼に対する怒りを我慢してきた。だが彼が解放されたことにより彼女の感情は一気に爆発した。


 ボドルドの意に反してでも彼の行った罪への罰をこの手で与えたかった。だが何故かボドルドはそれを知ってもティレスを止めはしなかった。


 そんな彼女の腕をマウロウが掴んで止めた。


「ま、待ってくれ」


「何よ!」


 殺気だったティレスは止めたマウロウを睨む。


「奴を殺さないでやって欲しい……」


「は?」


 とても受け入れがたい要求に彼女はイラつく。なぜこの男は止めようとするのか?


 マリュークスこそがこの世界を作った張本人でアンリがあのような目にあったのもこの男のせいだ。


「何を寝ぼけたこといってるのよ」


「た、頼む。ヤツがああなってしまったのはすべて私のせいなのだ。ボドルドもそうなのだ。すべての元凶は私なのだ!」


 その言葉に困惑しそうになるものの推測どおり、この老人もマリュークスやボドルドの仲間だった。だがボドルドやマリュークスと違ってマウロウなどという名前は歴史には出てこない。


「許してくれなどとおこがましくて言えぬ。龍児達の帰還が済んだら煮るなり焼くなり好きにしてくれ。だが二人には手を出さないでくれ……頼む……」


 涙を流して土下座で許しをこうマウロウにティレスは訳がわからず困惑してしまう。ティレスにしてみればこの世界を作ったのはボドルドとマリュークスである。


 なのにすべての元凶は自分だと言い張る。特に関与しているとは思っても見なかった者を『はい、そうならば』と割りきってすぐには切り替えれない。


「えっと……どういうことよ……」


 マウロウは事の真実を彼女に話した。しかし科学に疎いティレスはマウロウの話の半分も理解できずにいた。


 だが一つだけは理解した。彼のいうとおり、すべての事柄はこの男から始まったのだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る