第408話 もう一人の魔術師
「大気に散りし原子の子らよ……」
マリュークスの呪文の詠唱が再び始まった。龍児はせめて二人を助けようとマリュークスとリリアとの間に立ち塞がる。
「龍児さま!」
龍児はその身を盾としようした。リリアも一か八かまだ詠唱の短いプロテクションウォールの呪文を唱え始める。
杖を取りに行くか、杖無しで詠唱したほうが早いか正直ところどちらが早いか判断できぬほど微妙な差だ。リリアは間に合わないのを承知で呪文を詠唱するほうを選んだ。
「我が元に集い……我が敵…………を…………」
呪文を詠唱していたマリュークスは突如意識がひっ張られるような感覚に陥り詠唱を続けることができなくなった。
まぶたが重くて開けることができなくなると冷たい地面に倒れこむ。
そんな様子を見たリリアは何事かと呪文の詠唱を止めた。龍児もマリュークスの身に一体何が起きたのか皆目見当がつかず唖然とする。
だが龍児は彼が倒れる前、マリュークスの足元に魔方陣が浮かび上がっていたのを目撃していた。それは異常なことだった。
マリュークスが放とうとした魔法の魔方陣は彼の持つ杖に形成されていたため、魔方陣が2つも現れていたことになる。龍児は不可解な現象に眉を潜めつつ警戒をする。
「龍児さま、誰かがスリープの魔法を使ったようです。警戒を……」
「この場にもう一人魔法使いがいるってのか!」
龍児は警戒心を最大に引き上げる。一体、その魔法使いはどこにいるのか?
見回してもここは洞窟の中で視界が悪い。あちらこちらに点在する水晶のようなものから光を放って辺りを照らしているが、その光は淡くて洞窟は薄暗いうえに影が多い。
龍児とリリアは360度周囲を警戒した。
やがて足音が聞こえてくる。それは倒れているマリュークスのさらに奥のほうから聞こえてきた。
洞窟の影の奥でゆらりとなにかが動く。足音と共に木の棒を突く音も聞こえる。恐らく魔法の杖の音だ。相手は魔術師で間違いないと龍児は確信した。
現れた魔術師はマリュークスの位置にくると水晶の光に照らされてその全貌を晒した。
見たところマリュークスと同じような服装をしており、魔法の杖を持っている。長い白髪と同じく長い白髭。いかにも魔法使いらしい尖り帽子に魔法のローブを身につけていた。
「そこにいるのは龍児だな?」
その魔法使いは馴れ馴れしく龍児の名前を呼んだ。
「ああ、そうだ。俺が龍児だ。あんた……誰だ?」
逆に訪ねられた魔法使いは無表情のまま答えた。
「マウロウ……」
ぼそりと呟くように答えつつも彼はどんどん龍児たちに近づいてくる。
「マウロウ? 賢者マウロウか? 拓真が世話になったという」
彼の名前を聞いた龍児は以前に拓真から聞かされた師匠マウロウの風貌と一致するのを確認した。と言ってもマリュークスも似たような風貌なのでこちらがマウロウだと言われても判別はできないが。
彼が拓真の師匠であれば敵対はしないだろうと思い、龍児は安堵して肩の力を抜いた。
そんな龍児を横目にマウロウはティレスの元に寄るとしゃがんで彼女の容態を確認する。ティレスの足は雷が貫通したらしく、衝撃で骨が折れて肉が弾け飛び、焼かれて酷い有り様となっていた。
「これは回復魔法では無理じゃな……」
「…………」
マウロウの言葉にリリアはやはりかと落胆した。
マウロウほどの賢者であれば回復魔法も強力であるからティレスを治療できたかもしれない。もしくは自分の知らない強力な治癒魔法を知っているかもしれないと期待していたからだ。
「じゃが手はある……」
「え? ほ、本当ですか?」
「本当じゃから安心するがいい」
リリアはマウロウの言葉を信じることにした。さすが古代魔術を研究しているだけのことはある。
だが賢者ともあろう人がなぜこの場所にいるのだろうか?
龍児は拓真の師匠ということで完全に警戒心を解いているようだが、この場所は誰でも知っているというものではないはずだ。
もしかしたらこの人物も今回の一件になにか関係があるのかも知れない。いや、必ず何かあるのだとリリアは確信した。
だがマリュークスと違って彼は刀夜の邪魔をしにきた感じは受けなかった。なによりティレスの治療をしてくれるなら願ったりだ。自分の治癒魔法ではどうにもならないのだから。
「お主たちはもう先に行ったほうがよいな。もう時間が迫ってきておる。刀夜と別れを済ませたいなら急いだほうがよい」
リリアの予測通り彼は知っていた。このマウロウなる人物もこの事件の関係者なのだ。
「あんたは?」
「この娘の治療を済ませたら追いかける。お主らを帰還させるためにはボドルドだけでは不可能じゃからな」
その言葉でリリアは再び確信と得ると共に驚いた。帰還の為には転送装置とボドルドそしてマウロウが必要ということはマウロウも400年から生きてきた人物の可能性が高いと。
そして刀夜や龍児達をこちらの世界に連れてきたのはマウロウも加担していたということだ。
だがなぜ? どうして? そんな疑問が沸いた。
「そうかい。じゃあ遅刻しないようにしてくれよな」
龍児はそこまで深く考えなかったのか軽く答えた。そしてボドルドの元への最短ルートへと足を向けた。
「さて……問題はもうこの道を突っ切るしか無さそうだな……」
リリアは龍児がマウロウのことを素っ気なく済ませるのを見て、もっと彼から話を聞いた方が良いのではないかと思った。
だがマウロウの言うように余計な戦闘でかなり時間を費やしているのは間違いない。眠らされてきたこともあり、洞窟の中なのでどれほど時間がたったのかまるで見当がつかなかった。
龍児もそう考えているのかも知れないとリリアは考えた。
「しかし、この道は地図によれば……」
「ああ。きっとヤバいんだろな……」
あの刀夜がわざわざ地図にバツ印を入れたほどなのだ必ず何かある。
「なぁ、こっちの道には何があるんだ?」
「さあ? わしが知っておるのはこの道が最短ということだけじゃ。ワシもこの道を通るつもりじゃったが何かあるのか?」
「…………」
もしかしたらマウロウは知っているかもと思ったがどうも知らないらしい。それともとぼけているのか?
しかし罠があると知っているのなら彼もこの道を使うとは思わないだろう。
「龍児さま……」
「しかたねぇ、時間が勿体ねぇからさっさと行くか」
龍児は意を決して最短ルートを選ぶことにした。
「マウロウ様、ティレスのことお願いします」
「安心してゆくがよい」
「じゃあな。先に向こうで待ってるぜ」
マウロウは龍児の言葉にコクりと頷いた。
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