第407話 龍児の説得

「わかるでしょ、あいつらがこんな世界を作ったのよ! だからこんな世界なんか壊してもう一度作り直すの」


「ティレスちゃんそんなの不可能よ……」


 ティレスの理想は分からないでもない。だがそれは実現不可能だ。そもそも世界を壊すというが具体的な内容を彼女は濁している。


 理想だけ求めて課程を考えず検証もしていない。そんなものうまくいくハズもなく、ただ混乱を招くだけなのだ。


 そもそもそれをやろうとしたした者はすでに存在しており、彼は失敗している。


「リリアのいうとおりだぜ」


 突如洞窟にドスの効いた声が響いた。自警団の鎧を纏って大きな巨体に魔法剣を背負った男が鍾乳石の影から現れた。


「お前……自警団の……」


「龍児さま」


 突如の龍児の登場にリリアの心にのし掛かっていた重いものか少し軽くなったように感じ、それを表情にだした。


「世界をぶっ潰して自分の都合のよい世界を作るだって? それじゃマリュークスのやったことと同じじゃないか」


 龍児の口からはリリアが思った人物の名前が出てきた。ティレスのやろうとしたいることは究極、マリュークスと同じなのだ。


「違うわ! ボクはもっと人に優しい世界を作るんだよ!」


「残念だが作り直してもそうはならない……」


「やってみもせず、どうしてそんな事が言えるのさ!」


「それは相手が人間だからだ。人間である以上欲望に走る奴はでてくる。多くのものが自己中心に動く。それは誰しもが自分は幸せでいたいからだ」


「そんなはずはない!」


 龍児の意見にティレスは真っ向から否定した。正しくはそれが事実だとしても彼女はもう引くことはできないため受け入れられないでいる。


 ティレスにとって自分が生きている理由はもうそこにしかないののだから。


「マリュークスだって初めはこんな世界を作るつもりじゃなかったハズだ。だが人口が増して教えを守らないものが増える。好き勝手やるものが出る。あげくのはてが現実と理想に阻まれ、結果帝国を滅ぼした償いにもならずに心を潰してしまった」


「…………」


「理想が高いほど、思いが強いほど辛くなるぞ……君にはそうなってほしくない」


 それは龍児の経験そのものである。『誰も死なせたくない』そんな衝動にかられて理想を追い続けた。そんな龍児の性格の根っこは今でも変わってはいない。


 だがどうにもならないときはいつか来るのだ。それだけは理解して覚悟をしておかなければ理想とのギャップに苛まれることとなる。


「じゃあこのままでいろっていうの? 理不尽な扱いを受けて苦しんでいる人を捨てておけというの?」


「ほっていいわけない。だから皆に訴えかけるんだ。自ら手をさしのべてゆくんだ」


「それじゃ時間がかかるわ! 一時的に犠牲をだしたとしても今すぐ変えていかなきゃ今苦しんでいる人を救えないじゃないか!」


「君は優しいな……だけどやり方を間違えちゃいけない。間違えたら誰もついてこない。君の理想は実現しなくなる」


「じゃあ、どうすばいいのよ……」


「それはさっき龍児さまが答えたわ」


 リリアはティレスの肩を優しく抱いた。リリアにとって彼女は大事な親友であると同時にプラプテイの唯一の生き残った仲間でもある。


 もうこれ以上大事なものを失いたくなどない。今ならまだやり直せるかも知れない……


「リリア……」


「戻ってきてティレス……一人にならないで」


 ティレスはリリアの言葉に激しく心がゆれる。だがあと一歩、どうしてもアンリの最後が彼女の心を縛って離さなかった。


 そんなときリリアはまたしてもマナの流れに異変を感じる。


「マナの流れ! 誰か魔法を詠唱している!」


「何!」


「もう遅いわ、貫け! ライオット!!」


 マリュークスの攻撃魔法は大量のマナを必要とする。ゆえに大地や大気中のマナが彼に寄せられてゆくためリリアであれば感知はたやすいハズであった。


 だがティレスに気を取られていたリリアはそのマナの流れに気づくのが遅れてしまう。マリュークスから向けられた杖の先から雷球が放たれた。


「プロ……」――間に合わない。


 咄嗟にプロテクションウォールを放とうとするが肝心のグレイトフルワンドを彼女は持っていない。ティレスに連れ去られる際に落としてしまっていた。


 その杖を龍児は持ってきていたが渡すチャンスはなかった。そしてその龍児は咄嗟に杖を離して背中に背負っている重い魔法剣を握る。


「させるかぁ!!」


 龍児は渾身の力を込めて背中の魔法剣に手をかけると、剣を背負い投げのように振りあげた。


 剣が頭上の空を斬る際に先端より火花が散り、刃全体に火が宿す。降りきると魔法剣より衝撃波が生まれた。その衝撃波は剣の炎を纏いて空中で雷球と衝突する。


「リリア!」


 ティレスは咄嗟にリリアに覆い被さって彼女を庇った。龍児の攻撃ではプロテクションウォールのように広範囲に防御は不可能だ。ティレスはリリアを抱いて龍児の影に隠れるようとする。


 互いにぶつかり合った魔法と衝撃波は龍児に軍配が上がる。


「ぬおお!」


 雷球を切り裂いた衝撃波はマリュークスを襲い、彼はそれから慌てて避けた。


「まさかライオットをぶった斬るとは……」


 マリュークスの額に冷や汗が滲む。完全に誤算だった。まさか龍児の持っている魔法剣がここまでの威力を発揮するとは思いもよらなかった。


 だが振り切った剣の先を地面に突き立てて肩で息をする龍児にマリュークスは彼の弱点を見抜いてしまう。


 そう身体強化していない龍児では連続で衝撃波を放つことができないないのだ。剣を担いだ型からの背負い投げのように振るってやっと放てたのだ。彼の魔法剣は腕力だけでは振るえない。


「うう、あ、足が……」


「ティレス!」


 ティレスの悲鳴にリリアと龍児が視線を彼女に向けると彼女の右足がすねの位置からへし曲がり、おびただしく流血していた。


 斬り裂かれた雷球の半分が彼女たちを襲うと、ティレスはリリアを庇ったために逃げきれなかった。焼け爛れた足から煙が登り、激しい苦痛に彼女は顔を歪める。


「あぁ……」


 リリアは無事であったが、庇ってくれたティレスの右足は重傷である。一目見て回復魔法では治せないと悟った。


「てめー」


 静かに怒りを顕にする龍児。ちらりと顔を向けた彼はリリアにアイコンタクトを送った。


 このままでは超重量武器である魔法剣を振るうことはできない。これを自由に振り回すにはリリアの身体強化魔法が必要だ。龍児はそれをリリアに要求した。


 リリアはその意図を読んだ。しかし、マナが大量に蓄積してある杖がない状態での身体強化魔法はマナの集束に時間がかかる。


 龍児が持ってきてくれた杖は少し吹き飛ばされて4メートルほど先に転がっていた。


 杖を拾って呪文を詠唱したのではマリュークスの魔法のほうが早い。かといって杖なしで詠唱しても同じく間に合わない。


 リリアは龍児に首軽く振ると龍児は無念そうな表情を返した。


 龍児は直ぐにこの場をどうするか別の方法を探した。だかどう考えても有効な次の一手が浮かばない。


 そのような迷いなど関係のないマリュークスは魔法を行使する構えをとって再び詠唱に入る。


 ――だめだ。次はかわしようがない!


 龍児とリリアの脳裏に最悪の結末が描かれる。

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