第406話 ボドルドとの出会い
「そんな……アンリちゃん……」
「分かるでしょ。あんな奴ら生かしておく価値もないって!」
リリアは親友アンリの最後に涙を止めることが出なかった。ティレスに言葉を返そうとしても喉の奥から込み上げる悲しみで声にならない。
「そしてボクはあの人と出会った」
さらに数日後、アンリを失ったティレスは彼女の分まで議員達の相手をさせられるようになった。そして深夜、相手の館から戻る途中で偶然にも出くわしたのがボドルドであった。
街中にある森の中を横断している道には街の灯りも届かないので人気もない。月明かりがなければ漆黒の闇と化しそうな場所。
その道のど真ん中でボドルドは背後からやって来た馬車など気にもとめずに立ち尽くして星を眺めていた。御者は慌てて馬車を止めると邪魔な男に声を荒立てる。
「てめー邪魔だぞ! この馬車をどなたのものと心得るか!」
背中を向けていたボドルドは顔だけそっと振り向き、羽織っていた魔術師のマントと三角帽子の間から鋭い目を男に向けた。
月を眺めていたからかボドルドの眼は怪しく、黄金色に輝いていたかのように御者は錯覚した。
その威圧的な雰囲気に飲まれた御者の背筋に悪寒を走った瞬間、二頭の馬の首がまるで鋭利な刃物で斬られたかのごとくボトリと落ちた。
「ひ……」
突如の出来事に御者が悲鳴をあげようとした瞬間、彼の体は弾け飛び散った。
「何事だ?」
商人の男がそう声をあげても御者からの返事はない。不信に感じた男は豪華な内装施したボックスの扉を開けて外へと降りた。
辺りは静かなものだ。虫の声すらない。
いまだ意識がくらくらとしているティレスは全裸姿に毛布をくるんでいる状態のまま商人のあとをついて馬車を降りた。
「おい! なぜ馬車を止めている!」
だが商人の目に映ったのはボックスの外装にこびりついた肉片と下半身だけの姿となった哀れな御者の姿であった。
どっと血の気を失い、今更ながら人の気配を感じて魔術師のほうを振り向いた。
「き、キサマが殺ったのか? ……こ、この私をだれ――」
商人はセリフを最後まで喋ることもなく、その首から上が消し飛んだ。残った胴体から血が噴水のように吹き出すと、ティレスの顔に血溜まりが付着する。
その様子に呆然とするティレス。滴る血が口に入ると鉄の味がした。
一体、目の前で何が起きたのか?
足元を見てみれば商人の頭が落ちており、いまだ意識があるのか目がギョロリと動いてティレスを見上げていた。
予想外の状況にティレスの意識がハッキリと戻ってくると、いつか復讐してやろうと誓っていた相手は目の前で殺されているではないか……
――自分の手で殺してやりたかったのに!
怒りのやり場のなくなったティレスはゆっくりと片足を持ち上げると、商人の頭を素足で踏みつける。
「このッ! このッ! クソデブ! 死ね! 死ね!」
ティレスは涙を流しながら怒りで何度も何度も踏み潰した。すでに商人の意識は失くなっていても……
ボドルドはそんな様子にさして興味も無さそうにただ冷たい視線を投げかけていた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
息を切らし、疲れたのか気が済んだのか……ティレスは蹴るのをやめた。そして緊張の糸が切れてその場にへたり混んでしまう。
そんなティレスをよそ目にボドルドはそっぽを向いて歩きだすと、ティレスはハッとしてボドルドを追いかけた。
「待って! ボクも連れてって!」
ティレスは立ち去ろうとするボドルドのマントの裾を掴んだ。彼の機嫌を損ねれば殺されるかも知れないのに、今のティレスはそのようなことなど露程も考えはしなかった。
追いかける際に彼女が羽織っていた毛布を落とした。そして全裸となってしまったことも気にもせず懇願してくる彼女に対してボドルドは重い口を開く。
「お主を連れてゆくメリットがどこにある?」
それは拒絶の言葉だ。だがティレスにしてみればこれは最初で最後のチャンスなのだ。
亡きアンリへ立てた誓いを実現するための最後のチャンス。絶対に拒否などさせない!
ティレスの目に並々ならぬ決意が光となって力強く輝きだした。
「わ、私は魔法が使えます!」
ティレスは実際に回復魔法を使ってみせた。ボドルドにとってはその程度の事など珍しくもなく、彼は魔法自体には興味を示さなかった。
しかし、そんな彼が少し気にしたのはティレスが使用したマナの量は彼女の年代にしては量が多かった。それが妙に引っ掛かった……
「ぬしはなぜこんな所にいるのか?」
彼女の腕には奴隷の刻印が刻まれている。魔法使いであればギルドが彼女の身柄の安全を確保してくれるはずである。自分が面倒を見る必要性などない。
「私は……プラプティの出身で……」
――プラプティ!
なんという因果か……それはボドルドが情報隠蔽のために賢者ごと消し去った街の名前だ。
ここでティレスと出会ったのは偶然なのだろうか、それとも必然なのか? 今のボドルドには二つの問題を抱えていた。
一つは捕らえているマリュークスの結界を定期的に施しに行かなくてはならないこと。いちいち出向く必要があるので面倒なことこの上ない。
もう一つは教団の相手も面倒になってきたことだった。
どちらも自分の魔法研究をいちいち中断してしまうために悩みの種となっており、特に後者は最近何かとウザイと感じていた。
そのような理由から教団出身ではない者で自分の右腕となる者が欲しかったのだ。
プラプティ出身であれば魔法のポテンシャルは相当に高い。強力な魔法も彼女なら使いこなせるのではないか?
彼女を手なずけて煩わしいことは押しつけてしまえばよいのだ……
ボドルドは大きくマントをなびかせると彼女を包み込んだ。
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