第403話 ティレスとリリア

「リリア、リリア!」


「ん……ん?」


 体を揺すり、柔らかいほっぺをぺちぺちと叩かれてリリアはスリープの魔法から覚めた。ひんやりと冷たい地面はしっとりと濡れているため気持ち悪いはずだが……


「んあ……刀夜さま……おはようごじまふ……」


「誰が刀夜さまだよ!」


 まだ魔法が覚めきれないリリアが盛大にボケるとティレスの突っ込みがはいった。どこをどう見たら自分があのような男に見間違うのかと。


 彼女の大声にリリアはようやく意識がハッキリとしてくると辺りを見回す。


 ――身覚えない場所だ。


 仲間たちの姿もない……彼女の最後の記憶は確かマリュークスが襲いかかってきた辺りだ。魔力の流れを感じ、危険を察知してプロテクションを張ったところまでは覚えている。


 そのあと急に眠くなって……


「……スリープの魔法」


 リリアはようやく自分の身におきたことを自覚すると青ざめた。


「皆はどこ?」


 状況から察するとティレスに連れてこられたに違いない。マリュークスが襲いかかってきた状況下で防御魔法なしで彼らが生き延びれるのだろうか?


 そう思うとゾッとした悪寒が全身を駆け巡った。


「さあね。あの人たちがどうなろうとボクは知ったことじゃないよ」


「え? ……ど、どうして?」


「何が?」


「どうしてそんな酷いことするの?」


 リリアの真剣な視線に耐えられなくなったティレスは顔を背けた。こんなことをすればリリアが嫌がるのは分かっていた。


 だがこの先リリアとの接点があるかないかハッキリしない現状を思えばチャンスは逃したくない。だからといって真正面から向かえばリリアは拒否するに違いない。そして説得するにも異世界組が邪魔をするだろう。


 リリアと二人っきりで話をするには強引ではあるが奇襲する方法しか思い当たらなかったのである。


「刀夜さまや龍児さま、皆、ただ元の世界に帰りたいだけじゃない!」


 リリアにしては珍しく強い口調でののしってくる。それだけ今回のことに対して彼女は怒っていた。そんなリリアを黙らせるかのようにティレスも強く反論する。


「あいつらはマリュークス達と同じだからだよ!」


「え?」


「ボドルドやマリュークス、あいつらは同じ世界の連中じゃないか! この世界をめちゃくちゃにした元凶の仲間じゃないか!」


「ティレス……え? 知っていたの?」


 ボドルドとマリュークスが刀夜と同じ異世界からきた人物であることを知ったのはボドルドと刀夜の会話を聞いたからだ。


「えぇ。つい最近知ったばかりだけどね。ボドルドが彼らをこの世界に引き込んだ儀式が行われたのはもう数十年前。それが成功したのか失敗だったのか、どうのこうの……正直、話半分は意味が分からなかった」


 ティレスは刀夜とボドルドの会話を盗み聞いて二人が同じ異世界人であることを知るとショックを受けた。


 だがボドルドはこの世界の人間社会の構築には関わっていないことは確かなようである。しかしティレスにとっては助けてもらった恩人の彼が異世界人であることへの板挟みにあって複雑な心境である。


 だがこの世界を構築した主犯格であるマリュークスへの憎しみは強く、何より彼を復讐の対象として倒すことが最優先であった。新世界の構築はそのあとで良いし、それを成し遂げるにはボドルドの力は必要だ。


「私たちが彼らと同じ種であることも知っているの?」


 刀夜が得たこの情報はモンスター工場襲撃の際に龍児に伝えられており、リリアは彼からこの事実を聞き及んでいた。


「ええ……知ってるわよ……」


「じゃあどうして? 同じ人間じゃない!」


「同じじゃない! 奴らとボクたちは違う!」


「どう違うというの?」


「同じ種だったとしても育った土壌が違う! ボクたちはここで生まれて育ってきた。でも奴らは別世界の人間じゃないか!」


 ティレスは自分達が彼らのクローンから生まれた種族であることも知っていた。彼女にとってはその技術はにわかに信じがたい内容であったが帝国人が人間種ではないと知ると受け入れざるをえなかった。


 だがそれはマリュークスがこの世界を作ったことの裏付けととなり、ますます彼を許せなくなる原因となる。


「奴らはこの世界で私たちを作って神様きどり、そのくせ私たちがどれだけ困っても見向きもしない!」


「…………」


「同じ人間だったらどうして助けてくれなかったの? どうして街は滅ぼされたの? どうして皆が殺されなきゃならなかったの? 私もアンリもあれだけ助けてって叫んだのに!!」


 そう言われてリリアはモンスター工場でアンリを含めて他の皆がどうなったのか聞きそびれていたことを思い出した。


「アンリちゃんや他の皆はどうしたの?」


 正直なところこの話を聞くのは怖い気がする。あの明るくて元気だったティレスがここまで恨みを抱くような性格になってしまうほどの事件が起きたに違いないのだ。


 しかしリリアにとって知らないのはもっと嫌であった。


「アンリはね私と同じ奴隷にされて体を滅茶苦茶にされて、苦しんで自殺したのよ!!」


「そ、そんな……アンリちゃん……」


 その事実はリリアを深い悲しみに落とした。ティレスと同様に生きているかも知れないという望みを絶たれた。


 つぶらな瞳に大粒の涙が次から次へと溢れてくる。締め付けられる胸がとても苦しい。耐えきれず彼女の口から鳴き声が漏れた。

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