第402話 魔女再び

「あのよつな不完全なものと一緒にしないで欲しいものだな」


「ばかな……不死身だとでもいうのか!?」


 マリュークスは虚勢を張ってみた。実のところ不死身ではないが簡単に死ぬような体ではないことは事実だ。


 しかし攻撃を受ければダメージはあるし痛みも受ける。だが傷ついた体は瞬時に元へと戻ってしまうので実質不死身に近い。


 だがそれでも現状、無詠唱で魔法を行使できるゾルディ相手に不利なのは否めない。


「ではこれはどうだ? アシッドクラウド!」


 エイミィの紅葉のような手の平から放たれた雨雲のような煙がマリュークスを包んだ。


 全身が焼かれるような痛みに彼は悶絶して転げ回る。同時にゾルディの勘の良さに舌を巻いた。


 焼け爛れる体は瞬時に修復されてしまうが再び焼かれてしまい、つど痛みを伴う。


 マリュークスの体は傷つくと即座に元に戻ろうと修復する力が働くがこれは彼に施されている魔法によるものだ。そしてこの魔法は老いにも影響を与えるため彼らを不老としていた。


 ゾルディには2つの魔法が働いてるかのように見えるが元は一つなのだ。また、この魔法は帝国時代にはなかったものであるがゆえ、ゾルディにとっては未知の力に等しい。


 しかしこの魔法にも弱点はある。魔法の発動元である胸に埋め込まれた魔石が破壊されると能力は失われてしまう。


 すなわち彼にとって魔石が破壊は死と同意語である。


 げに恐ろしいのはゾルディがその事実を分かっていないにも関わらず、勘で不利な攻撃を選択してきたことだ。


 酸のガスにより胸からむき出しとなっている魔石が破壊されればマリュークスも一貫の終わりである。彼は転がりつつガスから逃れようとするがガスは彼にまとわりついた。


「むおおおお!」


 両手で魔石を隠して痛みに耐えるとアシッドクラウド魔法の効果が切れてガスは晴れてゆく。悔しさで腸が煮えくりかえりそうな感情を抑えて逃げ口を探した。


「これでも死なぬか!?」


 ゾルディは困惑して動揺した。彼女は殺せる可能性のありそうな魔法を記憶のライブラリより探そうとする。繰り出せる魔力にも限度があるため無闇には使えない。


 躊躇したゾルディの隙をついてマリュークスはその場を逃げ出した。


 マリュークスはゾルディに復讐を受け、殺されても仕方がないと考えている。帝国人たちにしてしまった仕打ちを考えれば当然の結果だ。だがその贖罪として彼が選んだ道は世界の崩壊させることだ。


 帝国人に代わってこの世界を我が物にしてしまった地球人もろとも全てを消滅させることで罪を償いたいと。そのためにもまだここで死ぬわけにはいかなかった。


「逃がす…………ッ!」


 逃げるマリュークスに対して魔法攻撃を繰り出そうとした瞬間ゾルディの意識は飛びそうになった。目の前がくらくらとして平衡感覚が狂わされてゆくのを感じると、足元がふらつき立つのが困難となる。


 エイミィの意識が戻ろうとしていた。


 マリュークスはそんな彼女の様子を伺うこともなく一目散に逃げ出す。


「く、エイミィの意識が……せ、誠也…………」


 かすれゆく視界から逃げてゆくマリュークスの姿が完全に消えてしまうとふらついたエイミィの体は再び崖下へと落ちた。


「エイミィ!」


 晴樹は落ちてきた彼女をキャッチするとその衝撃で尻餅をついた。


「エイミィちゃん!」


 舞衣や梨沙が駆け寄って彼女の様子を伺うと彼女は眠そうな表情を向けた。


「無念だ……この娘の意識が目覚め始めた……」


 ゾルディは転生魔法により、エイミィの体を乗っ取るはずだった。たが不完全な魔法によりエイミィの意識を潰すことができず逆に自分のほうが取り込まれそうになっている。


 ゾルディが表に出てこれるのは魔力が最も高まる満月の日にエイミィの意識が完全に切れるとき、すなわち気絶などをしたときだけだ。そのエイミィの意識が戻り始めたためゾルディはエイミィの体を自由に動かせなくなった。


「せ……いや……め…………」


 マリュークスの本名を口にしながらもゾルディはそっと目を閉じた。そしてパッと目が見開くと突如、彼女は大声で泣き出す。


「ふえーん。痛いよぉ」


 無理もない二度も崖から落ちたのだ。拓真は泣きじゃくるエイミィに治癒魔法を施した。


◇◇◇◇◇


 やがて落ち着きを取り戻したエイミィは舞衣にしがみついて離れようとしない。


「さて、そろそろ先を急がないとな……」


「そうねもう時間も迫ってるもんね」


 拓真の意見に葵が賛同する。


「ねぇ、あいつはどうするの? 大丈夫なの?」


 美紀は床に眠ったように倒れている颯太を指差した。


「一応できるかぎりの治療は施したけど意識を取り戻せていない……」


「じゃあ颯汰は僕が担ぐよ」


 晴樹が颯太の担ぎ役としてかってでたが拓真はそれを拒否した。


「いや、彼は僕が担ぐよ。晴樹君には皆の護衛を頼むよ。この先まだ怪物が出ないとは限らないからね」


 拓真の合理的な意見に晴樹は頷いた。銃を持っている晴樹に対して拓真は武器を持ってこなかった。


 それは彼のポリシーの問題ではあるが、攻撃魔法も持ち合わせいないので実施、拓真は回復要員である。


「問題は龍児君を追うかどうかね」


 目的地はボドルドの元だが、この洞窟を境にルートは大まかに3つに別れる。晴樹は刀夜からの地図を広げてみた。


 3つの内一つはかなり遠回りとなるため選択しには入らない。となれば残りは2つ。


 一つは予定どおりの真ん中のルートだが最短距離とはいかない。かといってリリアが連れ去られ、龍児が追っていったルートは最短であったとしても、くるのを拒むような赤いバツ印が付いている。


「これって危険って意味だよねー」


 美紀が遠い目でわざわざ口にした。


「よし、僕らは予定通り真ん中のルートで行こう」


「え? 龍児君を追わなくていいの?」


 舞衣が本当にいいのかと目を丸くする。


「無論心配はある。だか龍児くんは先に行けと言っていた……」


 リリアと龍児が合流さえできれば何とかなりそうな印象を拓真は持っていた。始めての巨人戦であれだけ戦ってみせたうえにモンスター工場でも凄まじかったとの話だ。


 龍児とリリア、二人が協力しあえば何とかしてくれそうな期待感がある。


「それに、ボドルドに頼んで魔法使いの彼を止めてもらうよう説得しよう」


「彼女……ね……一応……」


 舞衣が突っ込みをいれつつも、その手もありかと思えた。

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