第401話 エイミィの危機
「エイミィちゃん!!」
舞衣が青ざめてエイミィの体を軽く揺すってみたがエイミィはピクリともしない。
「あぁ……どうして……」
「落ちた際に頭をぶつけたのじゃないの?」
やや取り乱し気味の舞衣に対して由美は冷静に状況を分析する。舞衣の焦りに対してエイミィの額から流れている血の量はさほど多くはなく、すでに止まっているようでもある。
すぐに命がどうのという感じは見受けなかった。しかし声をかけても揺すっても目を覚まさないのは気がかりである。
せめて鳴き声やうめき声を上げてくれれば安心できるのだが……
「拓真! こっちも回復いけるか?」
晴樹は颯太に回復魔法を施しているのをみてエイミィにもお願いした。
「ま、まってくれ颯太は重傷なんだ。せめてこれが終わるまでは……」
そういって振り向いた拓真はギョッとした。拓真の視線はエイミィ達を見ているわけではない。
皆が釣られて拓真の見ている方向に目を向けると奥の崖上からマリュークスが顔を出していた。ニタリと勝利の笑みを浮かべていた。
「くくく、手間が省けたな。一ヶ所に集まってくれるとは」
その言葉の意味するところに舞衣達は青ざめる。何しろ彼らのいる場所は溝のような崖下で隠れるような場所がない。
走って逃げるにしても通れる道は通ってきた道に対して平行に続いており、崖上のマリュークスからは丸見えだ。
――もう逃げる手段がない……死ぬ!
誰もがそのような予感を感じた。マリュークスは拳銃の攻撃を受けないように崖上から一度姿を消した。そして崖から数歩下がって呪文の詠唱に入る。
「我が元へ集えマナの子らよ、雷撃の束となり敵を討ち滅ぼさん……ラーレス、フルドメイス、バークス……」
「またあの呪文よ!!」
それは先程からマリュークスが二度も使った雷球の魔法だ。この魔法は現代語と古代語が入り交じった詠唱であった。
一般の魔法は帝国語を現代語に翻訳したもので、マリュークスから伝授されたもの以外は帝国の魔法書からとなる。
そのため現代人にとって翻訳はできても読みは誰にもできない代物だ。帝国人から直接教えを受けたボドルド、マリュークス、マウロウ以外は。
「まずい!」
「だ、だめ……もう逃げきれないよ!」
舞衣も美紀も梨沙も涙目となって死を覚悟した。他の者も打つ手がないかと必死に考えるがもはやどうにかできる状況ではない。
「ライオットォォォ!!」
再び崖上に顔をだしたマリュークスは杖を拓真達に向けて雷球を放った。激しくスパークする雷の塊が拓真たちを襲う。
誰もが死を覚悟したときだ――
「リフレクターシールド!」
拓真達の目の前に巨大な盾が現れて雷球を阻んだ。シールドに激突した雷球は弾けて雷を四散させる。
爆発の衝撃音が耳につくと耳鳴りがした。だが感じたのはそれだけだ。
やがて衝撃によって砕けた岩肌が彼らの頭上にパラパラと舞い落ちる。それが収まると拓真はなぜ生きているのかと薄目を開けた。
彼らの前に背を向けて立ち塞がっていたのはエイミィであった。額から血のあとはそのままにリンとした表情で鋭い視線をマリュークスに向けている。
彼女の小さな体からは光の粒子のようなものが溢れだしているが、拓真にはそれがマナの結晶であると理解した。
マウロウの元で訓練を積んだ拓真だけがエイミィの中から濃厚なマナが流出しているを見ることができた。それは魔法を使う際の通常とは異なるマナの流れだ。
通常、人は大地や大気からマナを集めるのに対して彼女は逆なのである。
「無詠唱呪文……だと!?」
道具を使わずにそのようなことができるのは帝国人だけである。人間の感性では習得できなかったマナコントロールは帝国人ならではの技術である。呪文を口にせずとも体内で詠唱できる。それが帝国人。
「エイミィちゃん……」
舞衣を初め皆が驚きの表情を隠せない。それは彼らでけではない攻撃を放ったマリュークス自身も驚きを隠せなかった。
「……お前……伊集院誠也……」
「な、何者だ貴様……なぜワシの名を知っている?」
「そうか……禁忌をおかして生き延びていたのか」
「そのしゃべり方、その力……ゾルディなのか?」
無表情に喋るエイミィに対してマリュークスは明らかに動揺している。マリュークスにしてみれば帝国人は絶滅したはずで生き残っているとは思えなかった。
しかし今、目の前にいるのは姿は違えどよく知っている人物としか思えない。ゾルディは帝国で魔導技術研究局局長を勤めていた帝国人で、マリュークス含む地球人がこの地に転送されてきた際に一番交流の深かった相手である。
ゾルディの指導のもと魔術を習い、逆に科学を教えた仲である。
「エイミィちゃん……」
舞衣が心配そうに彼女を見つめていた。刀夜や龍児から彼女の素性は教えられてはいたが、ゾルディの出現を目の当たりにするのは初めてである。
あまりの様子の違いに本当に同じ人物なのかと不安を感じた。
「ううう……」
マリュークスは怖じ気づいて数歩後ろに下がった。呪文の詠唱が必要なマリュークスと無詠唱で魔法を行使できるゾルディ、優劣はハッキリとしていた。
「エアーフライ!」
エイミィが風の渦に包まれたかと思えば彼女は空を飛び、崖上へと舞い降りた。
「よもや、このような形で復讐できるとはな……叶わぬものと思っておったが、実に嬉しいぞ」
「まだここで死ぬ訳にはゆかぬ!」
マリュークスは走って逃げようとするが……
「ストーンブラスト!」
呪文の発動と同時に無数の矢じりのような石がマリュークスを襲う。約半数をかわすものの、その攻撃範囲からは逃れられず全身に石の弾丸を食らってしまった。
「うごおおおお」
吹き飛ばされたマリュークスは悶絶して地面を転げ回っているが……しかし……
「ん?」
攻撃を加えた側のゾルディの表情が曇る。攻撃は確実与えた。それが証拠にマリュークスの着用しているローブは破けてズタボロとなっている。
特に袖の部分は破れて千切れ飛んでしまっている。だが違和感を感じてしかたがないのだ。
その違和感はマリュークスが立ち上がったときにハッキリとした。ダメージを受けたはずの体が無傷であった。
「こ、これは……」
「やってくれたな……」
「貴様、その体……施した魔法は不老ではないな!」
帝国では不老の魔法はすでに確立してはいるが、自然の摂理に逆らう外道の技という位置づけとなっている。
不老の魔法は魔力を供給している間は年を取らずにいられる永続的魔法である。だがそれは不死などではなく大ケガをすれば死ぬこともある。
ストーンブラストを食らって無事でいられるはずなどないのだ。
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