第400話 牙を剥いたマリュークス

「拓真! 回復魔法は!」


「落ち着くんだ龍児くん。彼はまだ死んではいない」


 拓真は龍児に言われるまでもなく2度の回復魔法を施していた。


「だが……」


「だが? 何だ?」


 颯太の外傷は直っているが彼は雷を受けており、内蔵を痛めている可能性がある。ハッキリいって医療知識のない拓真にはその判別ができないでいた。


 もし内蔵の損傷が大きければ回復魔法を施しても助からない可能性がある。だがそんなことを彼に告げたところで龍児を不安に陥れるだけだ。


「何でもないよ……」


 拓真が口をつぐんだとき、頭上から銃声の音がした。続けてショトガンの音が鳴り響く。上では葵たちがマリュークス相手に闘っていた。


「龍児くん。颯太くんは僕が見ておく。君は彼女たちの加勢に向かってくれ」


「し、しかし……」


「龍児! こっちはいいからリリアちゃんを助けにいって!」


 晴樹は連れ去られたリリアの方向に指を指してお願いをした。


 マリュークスは魔法使いだ。距離を取られている以上、近接戦闘になる前に魔法で攻撃されてしまう。拳銃を持っていない龍児では戦力になるとは思えなかった。


 加えてリリアもいないので龍児に強化魔法を付与することもできない。であれば二手に別れたほうが生存率が上がると晴樹は考えた。


 真剣な表情で覚悟を決めた晴樹を見つめて龍児も状況を冷静に判断しょうとする。リリアを連れ去ったのは親友のティレスだ。放置していてもリリアには危害を与えるとは思えない。


 しかし、リリアは刀夜に会うためにここにきたのだ。別れの時間は刻々と迫っており、このままではリリアは刀夜と出会えないまま別れることになる。ここまできてそれはあまりにも不憫といえよう。


「拓真、颯太を頼めるか?」


「ああ、任せてくれ」


 龍児は立ち上がり颯太に顔を向けて彼の無事を祈るとリリアの後を追いかけて洞窟の脇道へと走り去っていった。


◇◇◇◇◇


「危ない危ない……」


 鍾乳石の影へと身を隠したマリュークスから言葉とは裏腹に余裕の声を漏らした。葵が放ったリボルバー拳銃の弾丸はマリュークスから大きく反れて全弾外れた。


 刀夜の拳銃は素人のハンドメイドなため命中精度は良くない。一定距離離れると命中率は極端に落ちてしまうので基本的には至近距離向けである。


 それを見切ったか定かではないがマリュークスは微動だにせず薄ら笑いを浮かべた。


 すかさずショットガンを持っていた由美が葵のフォローに入った。銃口を向けた瞬間、マリュークスはそれは嬉しくないと鍾乳石の影へと逃げようとする。


 放たれた弾丸は広範囲に散らばり、命中精度などお構いなしに数で勝負にでる。しかし装填していた弾丸は対モンスター用であったために放たれた弾数は少ない。


 虚しくもマリュークスには逃げられてしまう結果となって今に至った。


「さすがにそれは洒落にならんわい」


「チッ!」


 由美が残念そうに舌打ちをすると皆から驚きの顔を向けられる。普段は物静かな彼女だが、こちらにきてからはワイルドな姿を多く見せるようになった。


 自警団の訓練の賜物? いやそれ以前にアーグ襲撃の時にも彼女はそのような姿を見せた。こんな感じではなかったはずなのに……と、皆が彼女が変化したのか本性が出たのかと戸惑いを覚えそうになる。


 だがそんなことをゆっくりと考えている暇もなく洞窟の奥から呪文の詠唱が聞こえてくる。それは聞き覚えのある詠唱であった。


「ヤバい! さっきの攻撃魔法がくるぞ!」


「皆、隠れて!」


「か、隠れるってどこに!?」


 青ざめた美紀が辺りを見回しても隠れることのできるような場所などない。


 彼女たちがいる場所は鍾乳石でできた洞窟の一本道だ。隠れそうな場所のあるところはとっくに通りすぎて今はマリュークスが隠れるのに利用されてしまっている。


 さらにもっと奥にいけばあることにはあるが間に合わないのは一目瞭然だ。皆が軽くプチパニックに陥る。


「崖よ! 崖から飛び降りて!」


 舞衣が咄嗟に逃げ口を見つけるが、そこは颯太が落ちたところであり、躊躇したくなるとほどの高さがある。


「えー!?」


「迷っている暇じゃないよ!!」


 梨沙が躊躇する美紀を抱き抱えて崖を滑り落ちてゆくと、皆も続いて飛び降りてゆく。と、同時に雷球がマリュークスから放たれると彼らの元いた場所で轟音と共に破裂して雷撃が辺りに放たれた。


「いやあああああ!」


 落ちる恐怖と雷撃の恐怖が彼らを襲う。だが上にいては死から免れなかったであろう。舞衣の選択は適切であったが……ただ問題なのは落ちたあと。


「ぶへっ!」


「あだッ!!」


 斜面で体を擦りむいた挙げ句、地面の底に体を打ち付けた。


「うわああ、ごめーん!!」


「え?」


 身動きのできない梨沙の上から葵が泣きそうな顔で落ちてくる。


「ぎゃびん!」


 梨沙の体には美紀がのし掛かっているため身動きができず、葵は2人が折り重なっている上に落ちた。


「うう……ご、ごめん」


「は、早くどいて。骨……折れそう……」


 すぐさま起き上がろうとする葵であったが足元に他のメンバーが次々と落ちてきた。幸いにも梨沙たちの上には落ちなかったようだ。


「みんな大丈夫か?」


 拓真が心配そうに尋ねる。


「ええ、まぁ」


 由美はお尻を摩りながら答えるが、見るからに結構痛そうではあった。


「舞衣!」


 起き上がった葵が舞衣をみて血相を変えた。


「え? な、なに?」


 腰を打ち付け痛そうにする舞衣だが葵の血相を変えた表情に逆に驚かされそうになる。腰と背中は痛いがそのような顔を向けられるほどのケガはしていない。


「エイミィちゃんが血を流している!」


「えっ?」


 舞衣は慌ててずっと抱きかかえていたエイミィを見ると彼女は額から血を流していた。

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