第399話 龍児と颯太3

「あ、あの先輩……これは……」


 颯太はさすがに何か変だと感じた。そもそも捕まっていて助けたという女子はどこにいるのか?


 救出に赴いた先輩達は全員ここにいるのだから勝手に帰ったのだろうか?


 だが彼らの言葉のやり取りからして何か噛み合っていないような気がする。


「あぁ、お前らは良くやった。特に佐藤……」


 先輩は膝をついて息を切らしている龍児の前にしゃがんで顔を見合わせた。


「まさか一人で全員やっちまうとは想定外だぜ。もっとボコられると思ったんだがな……」


「あ?」


 嫌らしそうな先輩の声に龍児は不快感を表した。


「だが、さすがにノーダメージとはいかないようだな」


「てめー……」


 ここにきて龍児はハメられたことに気がついた。女子生徒が捕まっているなど嘘なのだと。敵対する相手の当て馬にされたのだと。睨む龍児に先輩の平手がとんだ。


「いいか? てめーは確かに強えーよ。だが頭は俺のほうが遥かに上だったな。この日のために久保を手なずけておいたんだ」


 龍児は再びキッっと先輩を睨み付ける。だがそんな龍児の殺気をものもとぜず先輩は勝ち誇った。


「てめーは無関係な相手に因縁をつけてボコったんだ」


「そ、そんなの先輩がハメたんじゃないか!」


 利用されたと分かった颯太は上級生に食ってかかる。だがそれでも上級生は余裕の顔を崩しなどはしない。


「いいか? 理由はどうあれてめーが無関係の人間を殴った事実は変えられねー。警察もお前のやったことに耳を傾けてくれるもんか! ははははははっ!」


 高々と笑いを浮かべる上級生のいうことは正しい。理由はどうあれ、ただここでたむろって遊んでいた中高生に訳のわからない因縁をつけて殴ってしまった事実は変わらない。


「ようこそ、こちら側へ」


 落ち込む龍児に先輩は薄ら笑いを浮かべて覗き込んできた。


「お前の態度次第では今回の件、黙っておいてやるよ。俺の仲間になれ、そしたら久保同様可愛がってやるぜ佐藤?」


 その言葉に龍児は怒りを露にした。人をハメておいて弱味を掴んで服従させようという腐った心根にとことん怒りを覚えた。


 龍児の頭の中で何かがブチギレれると、覗き込んでいる先輩の胸ぐらを掴んで強制的に立たせる。


「テメー!」


「ぐっ…………さ、佐藤!?」


 まさかと思った瞬間強烈なボディブローが炸裂して龍児の丸太のような腕が先輩の腹に突き刺さる。


「おげぇ……」


 必然と前屈みとなり顔を突きだした形となるとトラックにでも跳ねられたかのような蹴りをくらい先輩は吹き飛ばされた。


「俺を佐藤と呼ぶんじゃねーッ!!」


 本当は名前などどうでもよい、あまり好きではない名前だが、それでもこのクソッタレにいやらしく呼ばれることは我慢ならなかった。


「さ、佐藤! き、きさま!」


 他の先輩方は龍児の行動に驚かされたが、ここで後輩にナメられるわけにはいかない。それに加えて龍児は先の輩との闘いで怪我を負い、スタミナを大きく消耗している。


 不良として先輩として負けるわけにはいかないと龍児に襲いかかった。


 騙された颯太も怒りを露にして龍児に加勢した。後に警察が現場に駆けつけたときには事態は終息しており、立っていたのは満身創痍の龍児だけだったという。


 だが龍児にとって辛いときはここから始まる。相手が不良とはいえ無関係な相手を複数人病院送りにしたことが学校で大問題となった。当然と言えば当然である。


 自宅へ療養という名目の謹慎処分が行使される。龍児の両親はこの件について特に息子を糾弾をしなかった。龍児が無闇に暴力を行使するような息子ではないと信じて疑わなかった。


 ただ一言「心は熱くとも頭は冷静に」それが父親からのアドバイスであった。しかし謹慎解除後も色々と噂がたたず、すっかり不良の仲間と見られるようになってしまっていた。


 自業自得とはいえ心のどこかで納得していない龍児は徐々にそれが表に出てくるようになる。言葉遣いが悪くなるとそれが余計に反感を買ってしまい、再び乱闘騒ぎを起こす。


 この時龍児の中では消防士への夢は折れていた。龍児のそんな様子をずっと見てきた颯太は龍児とつるみつつもずっと負い目を感じつづけていた……


◇◇◇◇◇


「颯太! 颯太! こんなところでくたばるんじゃねぇ! あと少し! あと少しで俺たちは帰れるんだぞ!」


 龍児はぐったりとしたいる颯太に必死に呼びかけた。颯太はうっすらと目を開けるものの意識がぼうっとしているのか目の焦点は龍児に向いていなかった。


 だが再び薄れ行く意識の中で必死に龍児に謝ろうとする。


「……りゅ、龍児。許して……くれ……」


「何度も言わせるな! あれはお前も被害者だ。お前のせいじゃない!!」


「で、でも。いつまでも……俺が先輩と……つるんで……なきゃ……」


「それも奴等の仕業だろ!」


 先輩達は龍児を罠にかけるために颯太と仲良くなったふりをしていたのだ。そんなことも分からずに調子にのっていた自分が許せなかった。なのに龍児はずっと友達でいてくれたのだ。


「お前はダチだ! 俺のかけがえのないダチなんだよ!!」


「あ、ありが……と…………」


 その言葉に安心しきった颯太は意識を失い、龍児の腕の中で全身の力が抜けていった。


「颯太ァ!!」

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