第398話 龍児と颯太2
工場倉庫と言っても機材はすでになく、彼らが持ち込んだと思われるビールケースが転がっていた。彼らはそれを椅子がわりにして奥で談笑していたところ乱暴に侵入してきた男に一斉に視線を向けた。
人数はざっと見える範囲では12人。
だがそこにいるのは明らかに異なる制服を着ている者が混じっており、風貌からして近所の高校生だと判断した。
さらに見回せばその高校生の持ち物と思われるバイクも三台止まっている。情報と違うではないかと龍児は呆れてため息をついた。
「んだよ。てめー」
リーダーっぽい風格の男が目付きの悪い顔でガンを飛ばして威嚇してくる。
「あんたら随分酷いことしてくれたそうじゃないか?」
「あぁーッ!?」
龍児の言葉に怒り心頭となった数名が立ち上がる。体を起こしたのは隣中の連中ばかりだ。高校生達は下っぱに手を出させて様子を伺うつもりらしく立ち上がろうともしない。
いきり立った中坊はガンを飛ばしつつ龍児に近寄る。だが距離を詰めれば詰めるほど龍児の体格の良さからくる威圧感が増してくる。
「なんじゃコラ!」
「俺らにケンカ売る気かァ!?」
威嚇してはくるが龍児の間合いには入ってこない。内心は龍児にびびっているのだが高校生の先輩を前に無様は晒せず板挟みとなっていた。
何しろ見たところ同じ中学の制服を着ていても単身で乗り込んでくる度胸とこのガタイは本気で一対多数をやってのける自信があるかのような錯覚を生み出す。
そのためどうしてもあと一歩が出せない。
「人質とるとか、ずいぶんと卑怯なマネしてくれるじやねーか」
「ハァ?」
不良達は龍児の言っていることに首をかしげた。
「何ィー言いがかりつけてるんじゃ!!」
様子を見るつもりだった高校生の連中もいわれのなき言動に腹を立てたのか金属バットや角材を手にして立ち上がってくる。
――凶器はさすがにまずいだろ……
内心冷や汗が流れる龍児だがここで引くわけにはいかずに無表情を貫き通した。焦りを見せたら敗けだと。なんとしても時間を稼ごうと口を動かそうとしたときだ一番手前の中坊が殴りかかってくる。
巨体に似合わない機敏な動きでさらりとコレを避けると折り返して再び殴ってきた。伸ばした腕を片手で軽く払い、回り込むようにかわすと男はスッ転んでしまった。
それを皮切りに他の者も襲ってくる。
「やりやがったなテメーッ!」
やるも何も手は出してないのだが……と思わず突っ込みを入れたくなる龍児であったが、すぐにそのような余裕はなくなった。何分、多勢に無勢なのだ。
殴って吹き飛ばすのは簡単だが今は引き付けて時間を稼がなくてはならない。一人二人と攻撃をかわすも三人目に殴られると足が止まり、あっという間に囲まれてしまう。
だが渾身のパンチを入れても、この岩のような男はびくともしない。ガードししている丸太のようなこの腕の拳が火を吹いたらどうなるだろうか……
そんな恐怖感に見舞われると早く倒さなければと焦り、無造作に拳を振るう。そのためパンチは軽く、龍児は三人に囲まれながらも冷静にガードを固めてこれに耐えた。
そしてチラリと窓の外を見るが、外で待機している颯太からはまだオーケーの連絡がない。
――いっそのこと反撃にでるか?
だがその場合は囚われている女子がどのような目にあわされるのか分かったものではない。ここにいる者が全員とは決まっていないのだから。龍児は判断に迷いつつガードに徹する。
棒立ちごときの相手にいつまで時間がかかっているのかと業を煮やした高校生が前にでてきた。
手にした金属バットを振りかざしてきたため、さすがに龍児は下がってこれをかわす。いくら体が頑丈でも凶器を受けるのはまずい。
執拗に振り回してくるのを冷静にかわそうとはするものの格闘技をやったことのない龍児の足さばきは悪く、とうとうかわしきれなくなって攻撃を受けてしまった。
金属バットをガードした肩と腕に痛みが走ると、龍児の足は完全に止まってしまう。
「うぐッ」
激痛をともなった表情は隠せなかった。調子にのった高校生の攻撃を次々と受けつつもガードは緩めない。幸いにも背丈があるので頭への攻撃は少ない。
だが背後から襲ってきた中坊の蹴りが龍児の膝裏に当たるとカクンと膝を折ってしまった。頭の位置が下がってしまったので慌てて腕で頭をカードするとバットが叩きつけられた。
そときの僅かな硬直を彼らは見逃さない。背後から忍び寄った男の角材が龍児の頭に叩きつけるとバキッと音を立てると同時に折れた。
その折れた角材が龍児の目の前に転がるとポタポタと黒いものが目の前を滴っていた。地面に増え広がる血痕を見たとき、龍児の怒りの感情は沸点を越える。
振り向きざまに裏拳を繰り出すと角材で殴り付けた高校生の顎下にクリーンヒットして吹き飛ばしてしまった。
「しまった!!」
龍児は咄嗟に窓の外を確認すると颯太は両手で大きな輪を作っている。救出に成功した合図である。
龍児は颯太に頷くと溜まっていた鬱憤を晴らすかのごとく一気に反撃にでる。だが負傷している相手ごときに負けられないと相手も一斉に龍児に襲いかかり、大乱闘へと発展した。
その様子を見ていた颯太も加勢すべく窓を離れて倉庫の入り口へと走った。
その間、龍児はたった一人で凶器を持った相手に怯まず闘いを続ける。だがこの頃の龍児は集団戦に馴れておらず、常に囲まれた状況下のもとダメージをもらいながら闘う羽目となった。
ヒートアップした相手も手加減などできない状況となり、振りかざす凶器にも容赦がなくなった。だがそれでも龍児の大暴れは止まらない。
「ぜーぜー」
大きく息を切らした龍児はついに膝を地につけた。だが龍児に向かってくる相手はもういない。途中から参加した颯太も血を拭いつつ息を切らしている。
だが先輩達は結局姿を現さなかった。喧嘩をしている間は全く気にする余裕はなかったのだが、落ち着きを取り戻した今にしてみればこの状況に違和感を感じた。
「いやー、ご苦労。ご苦労」
不振に思い始めたとき先輩達が拍手しながら倉庫に入ってきくる。
「せん……ぱい?」
今頃? と思いつつも不適な笑みを浮かべる彼らの表情に一抹の不安を龍児は感じる。先輩は龍児に目もくれず相手のリーダーっぽい厳つい高校生の前でしゃがんだ。
地べたに這うように倒れている高校生は彼を見上げて悔しそうにする。
「テメー……あのときの……」
「ハッ! いきがってんじゃねーよ。俺たちに牙むけっからこうなるんだ! 次からナメた口効きやがったら容赦しねーぞ。カスがッ!」
倒れた相手に辛辣な言葉をかけた。先輩の取り巻きの上級生たちもニヤニヤと薄ら笑いを浮かべると、その様子を見ていた龍児は気分が悪くなる。
――こいつは下衆ってヤツだ!
しゃがんでいた先輩がポケットからメリケンサックを取り出して手にはめると、見上げている相手の頭を地面に叩きつけるかのように一撃を放った。
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