第397話 龍児と颯太1

 龍児と颯太が出会ったのは同じ中学の一年のときである。元から不良気質だった颯太と少々やんちゃな所がある龍児。まだ二人の間に接点は無かった。


 この頃の龍児は父親と同じく消防士になるのが夢であった。小さい頃から聞かされてきた父親の英雄話に引かれたのが発端ではある。


 しかもそれは空想などではなく事実であることが何より引き付けられた。


 とはいえあまり勉強熱心というわけでもなかったので成績はクラスでも真ん中のあたりをうろうろしている程度。


 『本気を出せば公務員試験なんてなんとかなる』それが口癖だった。とはいえ実際に頑張ればなんとかできそうなレベルを彼は維持していたのである。


 かたや颯太のほうは成績は下から数えたほうがましなレベル。性格は負けん気が非常に強いがケンカの実力は本人が口にしているほどではない。


 野望は大きく学年最強、強いては校内最強であったが同じ学年に龍児という見るからに戦意喪失しそうなガタイの男がいる。異常なまでに隆起している筋肉質な体は見た目通りパワーを持っており、とても同じ中学生とは思えない。


 そのような風貌から格闘技でもやっているのだろうと颯太は勘ぐった。


 戦えば負けるかも知れない。いや負けるだろう。しかし意地を通したい颯太は何かと龍児に絡むようになる。だが当の龍児は相手にしなかった。


 ある日、意気がる颯太は上級生に目をつけられてしまい、リンチにあう事件が起きてしまう。そこを偶然にも目撃した龍児が助けに入った。


 一対多数という上級生の卑怯ぶりに龍児は憤怒する。まるで暴走機関車のごとく圧倒的なパワーを見せつけられると上級生達は萎縮して逃げた。


 何しろ彼らの中にはプロボクサーを目指している中学生としては強椀の男がいたが、その者ですら叩きのめされてしまったのだ。


 技術はボクサー男のほうが歴然上だったが龍児はそれを圧倒的な力で押し潰してみせた。いくら技術があってもミドル級のボクサーがヘビー級相手に勝つのは難しいように。


 そして龍児のパワーとケンカセンスの良さに彼らも颯太も舌をまいた。龍児のケンカは次元が異なるのだ。


 以来、颯太は龍児には頭が上がらなくなって尊敬するようになる。


 だが腹の虫が収まらないのは上級生達のほうだ。面子を潰された彼らは密かに復讐のときを伺う。


 時が過ぎて春休み直前に龍児の運命を分ける事件が起こった。


「龍児! 大変だ!」


 大声で教室に飛び込んできたのは颯太である。椅子を片足で立たせて不安定なリクライニングにして遊んでいた龍児は何事かと返す。


 この頃、龍児と颯太は仲が良い間柄となっていた。それは颯太が一方的に付きまとっていたわけだが、話は合うし颯太も根っからのワルでもないと分かったからだ。


 だが颯太のほうは不良からは完全な脱却できておらず上級生との付き合いもあった。例の粛清しゅくせいしようとした上級生たちにである。


 龍児との一件以来、彼らは颯太には余計なちょっかいは出してきていない。あくまでもフレンドリーに接してきたので颯太は気を許していた。


「先輩たちが隣中の連中にリンチを受けた!」


「なんだよ。まだ連中と付き合っていたのかよ」


 龍児はいささか呆れ気味で返事を返す。しかし颯太としては色々とよくしてくれる先輩達を断ることができなかった。同じ不良としてそこまで邪険にするつもりもなかった。


「聞いてくれよ、連中酷いんだぜ! 女子を盾にして手が出せない先輩達をフルボッコにしやがったんだ!」


「何ィ……」


 それを聞いた龍児は目付きが変わり、明らかに殺気立てて不快感を露にした。そのような卑怯極まりない行為は龍児の逆鱗に触れることと同じだ。


 龍児と上級生との間にはあれ以来特に繋がりはなく、時折会えば挨拶する程度だ。だがその程度の間柄としてもその内容は許しがたいものがある。人として見過ごせないものだ。


 龍児は颯太には連れられて廃墟へとやってきた。廃れた工場倉庫跡だが、長い間放置されていたために不良の溜まり場となっていた。


 そこから身を隠すようにして上級生たちは遠巻きに倉庫の様子を伺っていた。


「りゅ、龍児か……すまねぇ」


 現地で合流した先輩達は相当殴られたのかアザだらけとなっている。ちらりと先輩たちの拳を見ると特に怪我はしていないようだ。つまりこれは一方的に殴られたのだと龍児は解釈した。


「連中、うちの女子を盾にしてるだって?」


「ああ、そうなんだ」


「くそ汚ねぇ、外道にも程がある」


「ああ、俺たちだってそこまで汚ねぇことはやらねぇ。だがそんな連中に捕まって無事でいられるか心配だ」


「確かにな。だがそこまでやったのならこれは警察の仕事なんじゃねーの?」


 龍児の最もな意見に先輩は焦るような表情を見せた。だがその隣いたもう一人の先輩がずいっと前に出て龍児の肩に手をやる。


「それはごもっともだが、事をそこまで大きくしたくない。それにこいつの男を上げるチャンスなんだ。ちょとだけ手を貸してやってくれないか?」


 そう言われて龍児はピンとくる。つまり捕まっている女子とは先輩の気のある相手か、もしくは彼女ということなのだろうと。


 そして誘拐である以上、警察沙汰にしてしまうと相手は最悪、更正施設送りとなりかねないと思った。中学生だから世間には名は出ないだろうが、それは可愛そうである。


 であれば龍児としてもこの話を断る理由はなくなった。何よりヒーローぽいシチュエーションが彼の心を動かした。


「よし、俺たちは裏口から助けに入るからお前は正面から連中の気を引き付けおいてくれ。助けたら合図するから一気に反撃だ。それまでは手を出さないでくれよ」


「あぁ……わかった」


 その作戦内容に一抹の不安を感じた龍児だが期待されているものとして一度その考えをぬぐい払った。


 龍児は堂々と工場の真正面に立つと入り口のドアを思いっきり蹴飛ばす。だだっ広い空間に吹き飛んだ扉が宙に舞って部屋の中央に落ちると積もった塵がホコリとなって舞い上がった。

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