第396話 颯太、涙の謝罪

 龍児達の状況は最悪であった。


 颯太は大怪我を負って崖下へと落ちた。


 支援魔法持ちのリリアはティレスに連れ去られた。


 そこへマリュークスが襲ってきている。


 どれも緊急を要することで混乱した龍児は八方塞がりとなる。


 そのような中、先に動いたのは葵だ。彼女は皆の前に出て拳銃を構えて銃口をマリュークスへと向けた。


「たとえ魔法が強力でもこれより早く放つことはできないわよ!」


 確かに無詠唱で離れた敵を倒せるこの武器はこの世界にとって強力無比である。だが元日本人であるマリュークスは拳銃についてよく知っており、銃口を向けられても余裕の顔を崩しはしなかった。


 距離をたもっているため素人の放った弾などそうそうに当たらないことを理解している。加えてまぐれ当たりしても彼には効かないという余裕があった。


「龍児、早く今のうちに颯太を!」


 マリュークスの笑みが不気味ではあるが、拳銃があればなんとかなるだろうと龍児は甘く見ていた。なにより今、最も危険な状況にあるのは颯太のほうだ。


「すまん」


 龍児はすぐさま颯太の落ちた崖を滑り降りてゆく。高さは5メートルほどだが鍾乳石でできた地面は地下水の影響で濡れているため非常によく滑る。だが彼は躊躇なく崖を降りてみせた。


「颯太!」


 颯太の体は所々に火傷と内出血のために紫色となっている。極めて危険な状態だと龍児は思った。だが彼には颯太のケガを治す手立てがない。


 リリアがいれば彼女に頼むところだが、彼女は連れ去られてしまった。正直無理かと思われたが、そのとき拓真が龍児と同様に滑り降りてきた。


「どんな様子なんだい?」


「全身に火傷と内出血だ。だか助ける方法がねえ」


 そのとき颯太が小さい声でうめき声を上げた。彼にはまだ意識が残っている。


「意識はあるようだな。間に合えば良いが……」


 拓真は杖を立てて意識を集中して詠唱を始めた。


「この者の傷を癒したまえ。ヒール!」


 颯太の体を包むように魔方陣が形成すると青白い光が輝いて、颯太の外傷はみるみると治ってゆく。


「た、拓真……お前魔法が使えるようになったのか?」


「仮にも賢者マウロウ師匠の元にずっといたんだ。最良の環境で最良の教えを受けたのだからこのぐらいできなきゃ笑われるよ」


 リリアがいなくなって正直もうダメかと焦ったが、なんとか首の皮が繋がったような思いだった。


「とはいえリリア君ほどの力はないから治しても油断はできないけどね。もし内臓がやられていたらボク程度の力ではどうにもならない」


 見たところ外傷は治っているような感じは受けるが、内側がどうなっているかまでは分からない。ゆえに拓真は魔法の時間を延長して慎重を期した。


「ううう……龍児ぃ……」


「颯太! 気がついたか?」


 目が覚めた颯太に龍児はもう大丈夫かと安堵したが、颯太の顔は蒼白である。


「がはッ!」


 彼は吐血した。床の鍾乳石に血を散らして颯太は苦しそうにする。


「くそ! これは内蔵のどこかかがやられているな」


 恐れていた懸念が的中していた。拓真は再び回復魔法の詠唱に入る。


「龍児い……」


 颯太はか細い声で必死に龍児を呼びつつ手を差し出した。龍児はその手を掴んで握りしめてみるものの颯太は握り返してこない……


「なんだ? 今は無理にしゃべるな……」


「龍児ぃ……おれ、謝らないと……」


「何を謝るってんだ?」


 龍児には颯太が何を謝ろうとしているのか皆目検討がつかない。


 颯太が龍児に謝らなくてはならないこと……


 短気を起こしてやたらとケンカが絶えないトラブルメーカーである彼には思い当たる節が多すぎる。


「お、おれのせいで……おれは龍児の消防士の夢を潰しちまった……」


「何を言っている?」


「あ、あの時……騙されてなきゃ…………ずっと恨まれてないかって……おれ、不安で……不安で」


「あの事件はお前も被害者じゃないか! 俺がお前を恨む筋合いなんかねーよ」


 そんな龍児の言葉に颯太の目に涙が浮かんだ……

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