第392話 館の隠し地下通路

「へぇー。ここにマリュークスが捕まっていたのかよ。随分と優遇されているな」


 颯太の言葉には嫌みが込められていた。同じ幽閉でも颯太は暗い地下牢で鎖に繋がれていたのだから。それを思えばここは天国ではないかと。


「さっさと行くぞ」


 颯太の感想を無視して龍児は館の敷地に入る。マリュークスを幽閉していた結界シールドは以前にリリアによってすでに解除ずみだ。


 触れるだけで体が弾け飛ぶ強力結界とも呼ぶべきシールドは辺りはもちろん、近くを流れる地脈からもマナを吸い込んで長期間発動し続ける代物である。リリアの放ったマナイーターはその地脈を一時期に枯れさせるほどの威力をもつ。


 今は地脈が普通に戻ってはいるがシールドを形成していた魔法は停止したままだ。


 この魔法には永続効果はないので定期的に魔法を施す必要があり、昨年からはティレスがそれを行っていた。また効果を長期化させるために魔法アイテムを併用しており、それは地中に埋まったままとなっている。


 それを再起動できれば自警団の侵入を阻止できるかも知れないが、起動のやり方などリリアが知るはずもなく調べている暇もない。


 ティレスなら知っているかも知れないが彼女はここにはいない。


 仮に再起動できたとしても自警団にはマリュークスがいる。幽閉していた内部ならともかく外部からでは簡単に解除されてしまうだろう。


 龍児たちは荒れた庭を通って玄関にたどり着く。ドアはガラス張りとなっており、窓も大きくてカーテンは取り付けていないため中が丸見えだ。中の様子は龍児たちがきたときとなんら変わりない。


 龍児は無言で扉を開けると遠慮なく中へと入ってゆく。


「ボドルドの研究所へ通じる道がどこかにあるはずなんだ。皆で探そう」


 刀夜から聞いた話ではそうなっている。皆でバラバラになって隠し通路を探し始めるとそれはすぐに見つかった。


 かつて龍児とリリアそしてマリュークスと会談していた部屋のすぐ隣。龍児たちとであったときにマリュークスが出てきた場所であった。


 リビングのような部屋のど真ん中にぽっかりと地下への入り口があった。元々ここに置かれてあったと思われる絨毯や机にソファーは端っこに追いやられている。誰かがわざわざ用意してくれたのだ。


 ――刀夜だろうか?


 そう思いつつも龍児たちは階段を降りてゆく。奥はかなり暗く、さらに奥は漆黒の闇だ。


「暗いな……」


 さすがに魔法で灯りを灯してもらおうと思ったときだ。突如通路は壁や床全体がぼんやりと光だして明るくなった。


 階段を降りきると狭い階段とは異なり、広い通路となって遥か奥まで続いている。


 マリュークスは以前からこの地下道を知っていた。この地下は特殊な加工が施されているので外部からは一切の魔法を受けつけない。


 それは結界のシールドやリリアのマナイーターですら影響を受けない代物である。


 リリアが結界を解除した際にはマリュークスはこの中でマナイーターの影響を免れた。彼の命を支えている魔石の魔力を奪われれば彼は死んでしまうためだ。


 地下通路のど真ん中にテーブルが置いてあり、そのうえに封筒が置いてある。舞衣がそれを手にしてしてみると封筒には宛名も差出人も記載されていない。それどころか封もされていなかった。


 封筒の中から一通の手紙がでてくる。広げてみれば『下記の場所に急いで来られたし』と日本語で書かれており、地下通路の地図が描かれていた。雑な手書きなのでスケール感が掴みにくい。


「この字は刀夜だね」


 親友だけあって晴樹が刀夜の字だとすぐに見抜く。


「地図によればルートは3つか」


「でもどれもほとんど一本道だから迷うことはないようね」


 刀夜の地図によれば今いる道はしばらくは一本道だが途中から曲がりくねった道に入るとそこから分岐している。


 基本的にはどの道を選んでもまっすぐ行けば目的地に到着するようなので最短を選べばいい。ダンジョンゲームのように複雑で迷いそうな地形でなくて良かったと由美は安堵した。


「このぐねぐねしてる道はなに?」と美紀。


「何だろうね?」


「行ってみりゃ分かるぜ」


 美紀や葵の疑問に颯太は軽く答えた。地図によればこのまま進めば道を示している線がミミズが這うようにグネグネとしているところにでる。


「よし! じゃあ最短ルートであるこの道を行こう!」


 拓真が張り切ってゆくべき方向を指で指し示した。だがここの通路は当面は一本道であり、どこを指していっているのかと皆が苦笑する。


 彼らは静寂な通路をどんどんと突き進んだ。まるで地下神殿へと通じるかのような美しくも清楚な印象を与える通路である。


「それにしても何でこんな地下の奥を進まなきゃならねぇんだ?」


 誰しもが感じていた疑問を颯太が口にした。しかしその疑問には誰も答えられない。理由を知っているのは作ったボドルドだけなのだ。


 龍児達が向かっている先の研究所は転送装置だけの為に作られた場所である。その装置が巨大なことと大量に水を必要とするため湖近くの森の奥、そして隠すように地下に設置されいたのだ。


 颯太の質問は誰も答えられずスルーされてしまったが彼は別の疑問をぶつけた。


「館の地下にこんな通路があったのにマリュークスの奴は気が付かなかったのか? 何百年も閉じ込められていたのに間抜けだよな」


 閉じ込められていたのなら脱出口を探すのが心情というものだ。それとも数百年も生きているのだからもうそのような気力など湧かないのかも知れないのだろうかと颯太は思った。


「先ほど通った道に鋼鉄の扉がありましたので閉まっていたのではないでしょうか?」


 答えたのはリリアだ。実際、マリュークスはこの地下道の事を知っている。なぜならば転送装置の作成にはマリュークスも関与しているからだ。


 彼が館からこの地下通路を使って脱出しなかったのはリリアの憶測どおりであり、封鎖していた鉄扉を開けたのは刀夜である。


◇◇◇◇◇


 龍児達の進む廊下は広くて大理石のようなものでできており、見るからにひんやりと冷たそうだ。しばらくして龍児はぶるっと体を震わした。


「どうしたの? 寒いの?」


 地下だけあって地上よりはなかり気温が低いように感じる。しかし震えるほど寒いかといわれればそれほどでもない。


「寒いってわけじゃないんだが……なんか嫌な予感が……どこか見られているような……」


「龍児もか……僕も先程から嫌な気配を感じるんだよ……」


 不気味な気配を感じていた晴樹はそれが自分だけではないのだと知ると、確信へと切り替えて腰のホルスターから拳銃を取り出した。


 だがあたりを見回しても同じ通路が続いており、どこかに部屋があるわけでもない。龍児は刀夜のいっていた罠のことを思い出した。


 ――確か刀夜の言っていた罠の種類は……


 そのときビービ―と電子音のような音が通路に鳴り響いた。

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