第391話 マリュークスの館

 農道を越えればスシュ村へ通ずる街道へとでる。幸い追っ手はきていない様子で、リセボ村の東門は閉まったままだ。


 防壁の上にも運良く見張りは立っていなかった。東門は自警団の部隊が駐留していてごった返しているのと、ちょうど夜勤との交代引き継ぎが行われていた。


 龍児はこの門の奥にマリュークス率いる自警団が控えているのかと眺めていた。彼らが動きだすまでにどのくらい差をつけられるかが重要だ。


 街道にでて門との距離があいたところで馬車の運転を晴樹から龍児と由美に代わった。ここからは道がそこそこ整備されているので速度を出すことができる。


 だが整備されているとはいえそれは過去の話であり今はペンペン草が生え放題となっている。そのような道で馬を全開にするので馬のコントロールを熟知している二人が手綱を握ることにした。


 龍児は馬の体力を考慮しながら飛ばした。適度に速度を落としたり、休憩を入れたりしてようやく彼らの目の前に大きな川が見えてきた。この川はモンスター工場攻略時に渡った川の下流となる。


 渓谷前の川は水の溜まり場となっていたため、小さな湖のようであったが、ここは水の流れがそこそこ速いゆえ川幅は狭くなっている。


 ゆえに橋をかけることができたのだが肝心のスシュ村は教団と結託していたためリセボ村とは関係を断たれることになる。交流のために作った橋だったのに今では虚しい代物だ。


 そのような橋を急いで渡りきると街道は右に曲がって川沿いに伸びている。これをまっすぐ進めばスシュ村に着くわけだが龍児達の目的は村ではない。


 馬車の速度を落として平行に伸びる森をチェックする。やがて森の奥に伸びる隠し道を見つけると馬車をそちらへと向けた。


 教団本部へと向かう道で龍児達が発見したときは草でカモフラージュされていた。


「ここからは何が起こるか分からねぇ。警戒してくれ」


 龍児の言葉に反応した颯太はリュックから拳銃を取り出した。撃鉄に親指をかけて立てようとしたとき、晴樹の手が添えられて止められる。


「撃鉄を起こしちゃ駄目だよ。暴発するかも知れないからね」


 刀夜の拳銃は精度良く作られているわけではないのでどのような拍子で暴発するか分かったものではない。しかも製作を楽にするために部品点数を減らしたので安全装置もついていない。


「マジかよ。なんだそりゃ欠陥品じゃねーか!」


 刀夜が苦労して作った武器を不良品呼ばわりされて晴樹がムッとする。


「ああそう。嫌ならいいんだよ。じゃあこれは返してもらうから」


 晴樹は颯太の拳銃を取り上げようとするが、颯太は取り上げられてはかなわないと慌てて大事そうに隠した。


「あー嘘、嘘! 大変よくできていらっしやる……」


 見え見えの取り繕いに晴樹から冷ややかな視線を送られた。出来損ないでも本物の拳銃を撃つ機会など、この先そうそうチャンスはないだろう。


 海外なら観光客向けにあるかも知れないが、自身の性格からしてわざわざ海外に行くような気はしなかった。最も何ごともなくボドルドの元にたどり着けばこの銃とて撃つことはないかも知れないが。


 無事に森を抜けると目の前に赤い煉瓦作りの建物が見えてきた。教団の建物だ。


 一階は正面に入り口である両開きの扉があるだけで窓もなにもない光を取り込むスリットが上のほうにあるだけである。二階の建物はティレスの襲撃で崩れてしまっている。


「迂回するぜ」


 龍児は建物を回りこんだ。左手に教団の建物、右手に焼かれた畑が見える。


 広々とした農地は以前には麦のような植物が畑全体を黄金色に染めたいた。だがそれこそが教団の薬物の原料であったため自警団に焼き払われしまった。


 畑にはまだ焼かれた後がしっかりと残っており、黒い煤の間から雑草が生えていた。そのうちここも雑草で鬱蒼とした景色に変わるだろう。


 建物の裏に回ると森の木々でまた暗くなる。建物の裏にも小さな裏口があり、そこから森の奥に道は続いていた。


 それは以前に龍児とリリアが蝶に導かれた道であり、マリュークスが幽閉されていた館へと続いている。


 その道を進むとすぐに左側に湖が見えてくる。湖面がキラキラと輝き、美しくも長閑のどかな雰囲気を漂わせていた。湖面を照らしている太陽はかなり登ってきている。時刻は10時前後といったところか。


 早く村をでたので集合時間までには猶予がある。だが彼らの背後には自警団が近づいてきているはずなのだ。のんびりとはできない。


 龍児は馬に鞭を入れてさらに加速させた。おかげでマリュークスの館はすぐに見えてくる。館とその周辺は龍児達がきたときと変化はないようだ。


 洋風の二階建ての建物はノスタルジックな作りであり長崎にある西洋人の記念館のような雰囲気がある。馬車をその館の門前に止めると皆は馬車を降りた。

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