第389話 最後の旅路
レイラは重い足取りで刀夜の家を後にした。龍児よりこの世界の偽りの歴史を聞かされた。それはにわかには信じ難い内容だ。
龍児たちのように二つの世界を知っていれば、その違和感から信じられる内容なのかも知れない。
だがレイラは自分の世界しか知らない。しかし龍児を始め刀夜もその結論にたどり着いたのならそうなのかも知れないと感じていた。
マリュークスの本来の目的については完全に信じられなかった。龍児たちが自分達の世界に帰る邪魔をすることはすなわちこの世界の崩壊に繋がるなどと……
なぜそうなるのかは龍児もはっきりとは分かっていないらしく、刀夜がその事実にたどり着いたという事のみらしい。それを信じるには肝心なところが抜け落ちている。
だが龍児という人間がそのような曖昧な理由でこうもハッキリと行動や説得をしようとするだろうか?
――言えぬ理由があるのか?
元の世界に帰りたいという目的があったとしても自警団を捨て、街を捨てても旅立とうしている龍児には確信している節があるようだ。
レイラとしては彼らを帰してやりたい気持ちは大きい。
だがマリュークスを止めて自警団の出撃を見合わせる?
不可能である。今ある材料では自警団や議会を説得できない。何しろ自分自身がいまだ半信半疑なのだから……
龍児から聞かされた内容はあまりにも自分の知っているものとかけ離れており、頭が追い付かず拒否したがっている。
本能に任せれば彼らを質問攻めにしそうだ。だが彼らはボドルドやマリュークスとかなり密接な関係にあるのは間違いなく、容易には喋らないだろう。
――マリュークスは信用しないほうが良い。
それはよく分かった。だからといって他の者を説得するのは難しい。龍児達が異世界の人間であることを知っているからこそレイラは彼らの話を信じる気になれたのだ。
レイラは街に向かう道へと差しかかった際に振り向いて彼らの家を眺めた。
「君たちが無事に生還できることを祈るよ……」
そして去り際、呟くように祈った。龍児にとってこれがレイラとの最後の別れとなった……
◇◇◇◇◇
馬車の手配をしていた晴樹が戻ってきた。馬車を早く用意できないか交渉したのだが残念のがら予定は変えてもらえなかったのだ。
仕方がなく他の馬車を探すがシュチトノの攻略と復興作戦はいまだに継続しており、すべての馬車が動員されているため空きはない。
結局のところ馬車を得ることができたのは予定通り夕方となってしまった。
「どうするの? もう出発する?」
美紀が訪ねる。彼女のはやる気持ちは皆同じだ。自警団も明日の出発なのだから……だが由美がそれを止める。
「それは駄目よ……出発は明日の朝にしたほうがいいわ」
「ええーどうして? 早く出発しないと間に合わなくなるよー」
「気持ちは分かるけど肝心の馬が帰ってきたばかりで疲れきっているわ。馬にトラブルが発生したら元も子もないのよ。それにここで無理して夜通し突き進んでもどのみちリセボ村で足止めを食らうわ」
「そういや、リセボ村は夜間の出発は禁じられていたな」
リセボ村はこの一年でモンスターの襲来、スシュ村の反乱、そして教団事件と事件のほぼ中心にあるので警戒を強めている。加えてスシュ村方面は夜中になればモンスターが出現しているのが確認されていた。
そのような危険な夜中に村の外にでる酔狂なものなどいない。
ゆえに夜中に外をウロウロしている者がいればそれは警戒すべきことなのだ。捕まれば余計に足止めを食らってしまう恐れが高い。
「じゃあ村には入らずに越えていけば?」
「それじゃ馬がもたないわ。休憩なしに向かうとなると村で馬の交換が必要なるわ。だけどこの時期は……」
「だな。馬の空きはないだろうな……」
荷物の運搬に必要不可欠な馬はどこも不足ぎみだ。
「じゃあどうするの?」
「予定どおり明日の朝イチで出発してリセボ村に着くのは夕方以降となるからそこで一泊。夜明け前に出発するしかないな。どのみち自警団との勝負はリセボ村の出発時間で差をつけるしかない」
「ほとんど差をつけられないわね」
「スシュ村方面はまだモンスターが出現するからな。無理にリセボ村を迂回しても真っ暗闇のあの森を抜けるのはきついぜ」
結局のところ龍児たちは当初の予定どおり動くしかなかった。
◇◇◇◇◇
――次の日の朝。
龍児たちはまだ朝日が昇らない内に出発の準備に入った。馬車に荷物を詰め込むと皆で乗り込む。
龍児、由美、舞衣、晴樹、颯太、葵、美紀、梨沙、拓真。
あの最悪の転送事件から悪夢のような夜の出来事で半数のクラスメイトを失った。巨人の遭遇と山賊の襲撃を受けて生き延びたのはここにいない刀夜を含めて10名だけとなった。
その後様々な出来事に巻き込まれつつもなんとかここまでたどり着いた。
リリアがエイミィを持ちあげると美紀が彼女を受けとり、舞衣が手を伸ばしてリリアが荷馬車に乗るのを手伝った。
やがて朝日が昇ると強い光が街中を照らして屋根がキラキラと輝く。皆が刀夜の家に振り向けばその屋根も朝日を反射させていて神々しく見える。
この街に腰をおろして活動拠点としてきた家だけに皆が愛着を持っている。それは自警団に入った4名も例外ではない。
「……ありがとう」
梨沙がしみじみとお礼を口ずさんだ。彼女にしてみれば一匹狼を気取ってぼっちだったが、ここでかけがえのない友達と恋人を得ることができた。
死んだ仲間には悪いがここにきて良かったとさえ思っている。そしてもう二度とここにくることはないのだと思うと寂しくもあった。
感傷に浸ったのはなにも彼女だけではない。他の異世界組の面々も世話になった家に万感の思いで各々別れを告げていた。
「さぁ、行くよ」
手綱を握っている晴樹は馬の背中を叩いてゆっくりと進みだすとやがてガラガラと音を立てる。皆は刀夜の家が徐々に遠く小さくなっていくのを、ただ黙って見続けていた。
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