第388話 レイラとの決別

 出発の準備を進める龍児達であったが一つ問題が発生した。移動に必要な荷馬車である。


 昨日の内に買う契約を行っておいたのだがこのような事態になると思ってもみなかったため今日の夕方に引き取って明日の朝出発する予定のままであった。


 これを前倒ししなければならないのだが、店側で用意できるのが夕方なのだ。


「僕がもう一度早く借りれないか聞いてくるよ」


 そう言って晴樹は家を後にした。もしかしたらもう用意できている可能性もあるからだ。


「おう頼んだぜ」


 残ったメンバーはリビングにてリュックに簡易食料や武器弾薬を詰め込んだ。その他の思い出のある品々は昨日のうちに詰め込んでおいた。


「あの……」


 龍児達が出発の準備を進めているとリリアが声をかけてきた。彼女は昨日、遠征から帰ってくるとずっと元気がなかったが夕方には少し元気を取り戻している。


 とはいえショックの原因の解決方法は無いに等しく、ずっと沈黙を貫いていた。


 部屋からでてきた彼女は神官見習いの服にグレイトフルワンドとリュックを装備しており、明らかに出かける姿をしている。


「……リリアちゃん」


 訪ねるまでもなく、彼女はついてくるつもりなのだ。だがリリアの右手はエイミィの手を繋いでいる。


「まさかエイミィちゃんを連れてゆくの?」


「はい。もう一人にさせるのは可哀想ですし」


「でも戦いになるかも知れないのよ」


 罠が発動すれば命の保証はない。それに館にはモンスターが出現する罠以外にも何かあるかも知れないのだ。


 そのような殺伐とした場所に連れてゆくなど幼い子供には刺激が強すぎるかも知れない。家で大人しくしているのが一番安全ではあるのだが、唯一面倒を見ることのできるリリアが連れてゆく気でいるのだ。


 リリアとしては舞衣の懸念どおり危険なのでエイミィをつれてゆきたくなどはない。だが連れていかないとなると誰かに預けるしかないのだが残念ながら彼らにそのような宛がない。


 唯一の方法としては孤児院が考えられるのだが、それが出きるならアイリーンが最初からそうしていただろう。


 何よりもうすでにリリアに懐いてしまっているので今さら引き離すのも、五歳の子供にそれを理解させるのは至難である。


 状況を察してかエイミィは繋いでいるリリアの手をぎゅっと掴んできた。リリアはそんな彼女の手を握り返す。


「エイミィはお兄ちゃんを迎えにいくの!」


 力強く答えるエイミィ。


「私はどのような形となっても……刀夜様にもう一度だけ会いたいです!」


 刀夜の返事が変わらないとしても自分の気持ちをちゃんと伝えたい。それがリリアの願いであった。


 彼女の決意が固いのだと誰もが思ったそのとき、家の扉を誰かがドンドンと叩いた。


「はい」


 舞衣が応対にでるとそこに立っていたのはレイラだ。少し息を切らしているのでかなり急いできたようだ。


「レイラさん?」


 レイラはリビングにいた面々の様子を伺う。彼らは荷物をまとめてどこか出かける様子であり、表情をみてある程度察した。


「龍児……無断欠勤してまでどこにゆくつもりだ?」


「レイラさん……」


 旅行などではない。彼らは帰るつもりではないのだろうか……そんな予感がしてならない。


「レイラさんには色々とお世話になった」


「!」


 直感が当たった。彼らは元の世界に帰るのだ。


 モンスター工場での様子、取り逃がしたボドルド。新たな拠点とマリュークスの登場、そしてこのタイミングでの帰還。彼らはボドルドやマリュークスと何か関係がありそうだ。


「俺たちは元の世界に帰る」


「…………」


「ちゃんと皆に挨拶をしてから帰りたかったがもう時間がねぇ」


「……ボドルドの所か?」


「……そうだ」


「お前達とボドルドはどんな関係なんだ?」


「俺たちはボドルドに連れてこられた。帰る手だてを有しているのもボドルドだけだ。刀夜が交渉して帰してもらう約束を取りつけた」


「連れてこられた? なぜまた?」


「それは本人に聞いてみないと分からん」


 刀夜の名がでたことでレイラはとっさに辺りを見回したが彼の姿はない。


「そういえば彼はどうしたのだ!?」


 嫌な予感がした。


「刀夜はボドルドの元だ」


「龍児!」


「龍児君!」


 刀夜がボドルドの元にいることは自警団には知られないほうがよい。ボドルドの一味だと疑われてしまうからだ。梨沙と舞衣が慌てて止めようとするがもはや手遅れだ。


「ボドルドの元だと……まさか奴を逃がしたのは彼なのか!」


「刀夜がいようがいまいがボドルドには逃げられただろうさ。俺達の戦いを覗き見られていたうえに俺達はゲートを使えないからな」


 龍児達が到着したときにはもうすでにボドルドはいなかった。現場に残されていた姿鏡で自警団の状況は知られていたのだから逃げるのは余裕であろう。


「それよりだ。マリュークスの館に突入するのを中止してくれないか? 自警団が突入すれば館の罠が発動する。ましてやボドルドの機嫌を損ねるようなことをしたら俺たちは帰れなくなるんだ」


 レイラとしては龍児の切実な願いには答えてやりたい。しかし、いくらレイラでも正統な理由がなければ中止すべきなどとは叫べない。


 ましてや今回は大賢者マリュークスが陣頭に立って導くことになっている。あの伝説の御人の言葉を誰が止められようか……不可能だ。


「そ、それは不可能だ……」


「じゃあせめて俺たちが帰るまで待ってくれないか?」


「それも……無理だと思う……」


 レイラにそこまでの権限はないのだからイエスなどとはいえず、表情を落とした。


 龍児はやはりダメかと軽くため息をついたが落胆はしていない。状況から無理だとは察しており、ダメ元で聞いただけなのだから。


 ただ慣れしたんだ人達を敵には回したくなどなかった。

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