第386話 ピエルバルグ震撼
龍児たちの帰還まであと3日となった日の早朝からピエルバルグの街に震撼が走った。
街に豪華な白いローブに身を包んだ白髪の老人が現れると、その老人は自警団本部前にて自らを『魔術師マリュークス』を名乗ったのだ。
ポカンとする自警団と街の人々。これは一体何の冗談なのかと。よりにもよって偉大なる大賢者の名を名乗るとは大胆にも程がある。
だが老人は魔術師の杖を掲げて古代魔法を披露してみせた。するとその出来事に街からどよめきの声があがる。伝説の大賢者かはともかく古代魔法が使えるのは賢者クラスの人間だけだ。
だが一番驚いたのは自警団幹部と一部の議会の面々である。街に現れたマリュークスは龍児の報告あった容姿と完全に一致しており、あまつさえ見たこともない古代魔法を見せつけられた。
晴れている青空から見たことのないふわふわの白い綿のようなモノが舞い落ちる。手で受けるとそれは一瞬で溶けて水となった。
それはこの辺りでは見ることのできない『雪』だ。降ったのはごくわずかではあるが彼ら街の人間にしてみれば神業のように見えた。
マリュークスと言えば彼らの間では人類を絶滅から救った英雄にして人類の指導者である。400年前の人間など誰しもが生きているはずなどないと認識していたため魔法を見ても信じないものも少なくはない。
だが生きている事情を知っている自警団幹部は即座に彼を保護すると次々と議会の連中が駆け込んだ。さすがにそのような様子を見せられると市民の間で今度は『まさか』『もしかしたら』の期待が一気に膨れ上がる。
マリュークスはそのような中で議会にて緊急の演説を始めた。その内容はボドルドへの弾劾であった。そしてどこで掴んだのか知らないがボドルドの居場所を暴露されてしまう。
「今こそ奴の息の根を止めて平和を取り戻すのじゃ! 奴が生きているかぎり、モンスターの驚異はなくならない。それどころか我々人類は再び死滅の危機に晒されるであろう!」
大歓声があがる。虚実の歴史しか知らない人々はマリュークスの言葉にいとも簡単に賛同してしまった。
その事に青ざめたのは、ほかならぬ様子を見にきた龍児だ。刀夜の忠告によれば自警団が館に侵入すれば防衛のトラップが作動するとのことだった。そうなれば無事に帰れる保証などなくなる。
ボドルドが捕まったり殺されても同じだ。龍児はこの事を伝えるべく急いで刀夜の家へと向かう。
◇◇◇◇◇
マリュークスは街の人々相手への演説を済ませると緊急で開催された議会に参加する。そしてボドルド討伐がその日のうちに可決されてしまう。
マリュークスが陣頭に立って導くとのことで審議を確かめることも反論することもできなかった。
本物の出現に議員ですら熱狂しており、冷静に判断できているものは少ない。本当に世界を滅ぼそうとしているのはマリュークス本人であるという真実を知る由もないのだから。
自警団は議会の可決通り早急に出動準備を進めだす。モンスター工場攻略戦にて多くの人員を失っていたが、今度の目標は館であるため、さほど人員はいらないという見立てであった。
だが相手はあのボドルドなのだ。ジョン団長は慎重を期して再び1警2警を束ねて出勤の準備を進めさせた。
明日には出発しなくてはならないため自警団はてんやわんやとなる中、レイラは怒りの声をあげていた。
「龍児はどこにいった!」
昨日、街の自警団本部に帰還するなやいなや彼はどこかへと姿を消してしまっていた。本来なら後片付けや報告書などの書類整理が山ほどある。
帰還した当日は巨人を倒した功績でやや大目に見ていたのだが2日目も顔を出さないのでは捨て置くわけにはいかない。ましてやボドルドとの再戦となれば取り逃がした汚名の挽回のチャンスとなる。
「さ、さぁ……今日も顔を出していないようですが……」
たまたま近くにいた運の悪い団員は彼女の怒りに怯えて恐る恐る答えた。
「あのバカ! こんな時に! 首根っこ捕まえても引きずり出してきてやる!!」
レイラは大方寮だろうと思い、ドスドスと足音をたてて事務所を後にしようとした。扉を勢いよく開けるとアイリーンと鉢合わせして危うくぶつかりそうになる。
互いにおかなビックリ顔となるが二人は直ぐに表情を切り替えた。
「すまない。急いでいるので失礼する」
レイラは先に彼女の横をすり抜けていこうとするとアイリーンはレイラの腕を掴んだ。そして深刻そうな顔で彼女に尋ねる。
「まって。葵を見なかった?」
「なに? いや見ていないが…………って、そちらも居ないのか?」
「そちらもって……」
二人は顔を見合わせる。
「アイリーン殿!」
大きな声をかけてきたのはブランだ。相変わらず彼の影にはアイギスを連れている。
「やはり颯太も由美も居ないらしい」
アイリーンはブランのところにも訪ねており、颯太が無断欠勤していたことから異国組に何かあったのかと勘を働かせ彼らを探していた。
「彼らが一斉に居なくなるなんて、何かあったのかしら……」
アイリーンの言葉にレイラはハッとした。彼女の推測通り何かが起きたのだ。モンスター工場にてレイラが龍児に追い付いたときはボドルドには逃げられた後であり、そこには誰もいなかった。
龍児もリリアも落胆したような顔をしていたのでてっきり取り逃がしたことに対して無念、もしくは責任を感じたのだろうかと思った。
だが帰ってきて早々に異世界組が失踪したのだ。考えられることはあのとき取り逃がしたのではなく何か起きていた可能性がある。そしてそれが今回の失踪に繋がっているのではないかと推測した。
であれば龍児は恐らく寮にはいない。彼らが向かった先は……
「刀夜だ……」
「え?」
「恐らく皆は刀夜の家に向かったに違いない」
レイラの勘が冴える。
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