第385話 帰還に向けて4

「地獄の沙汰も金次第かなと思ったんだけど……甘かったか」


 晴樹は金貨袋を懐にしまいこんだ。店主としてもその金は喉から手が出るほど欲しい代物だ。


 食べ物や生活雑貨などならともかく、よそ者が勝手に商売を始めれそうなものを売ったり貸したりするのは街の暗黙の禁止事項となっている。


 よそ者が勝手に街に住み込んだり、商売を始めては街の秩序が乱れる為であり、その為のギルドだ。


 ゆえに刀夜も権利を得るためにかなり苦労をすることとなった。刀夜がいれば彼の権利を使って交渉の余地はあったも知れない。とは言え今さらそれらを取得するにしても時間がないわけで。


「せめてリリアちゃんを連れてくれば良かったかな……」


 リリアは魔術師ギルドに登録されているため、この街では刀夜よりも高い地位となっている。彼女がいれば色々と融通が利いただろう。


 だが彼女は帰ってくるなり刀夜の部屋で籠ってしまい、正直いって声をかけづらかった。


「とりあえず他の店をあたる?」


 梨沙から提案を持ちかけられたが、この様子ではどこも同じような気がしてならない。


「忠告しておくがどの店でも同じだぜ。身分を証明できない者を相手に商売したらこちらがヤバくなるんだ」


 思ったそばから店主から忠告を受けた。


「最も誰かの口利きでもありゃ話は別なんだがな……」


 店主はそう付け加えながらも視線は先ほどの金貨袋の入った鞄をチラチラと見ている。相場の10倍は越えてふっかけても彼らなら仕方がないと折れるだろうと思えたので店主としては絶好の鴨だと思ったのだ。


「ねぇ、それならオルマー家に紹介状を書いてもらえないかしら?」


 梨沙は名案とばかりに自慢げに晴樹へ提案してみた。


「い?」


 だが目を丸くしたのは店主のほうだ。確かにオルマーからの紹介状があれば優先的に回すことは可能だろう。


 だがなぜこのような異国人がオルマー家と繋がりがあるのかとそちらのほうが気になって仕方がない。下手なことをしたらこちらの首が飛ぶのではないかと……


「ちょっと難しいなぁ……」


「どうして?」


「彼らへの見返りがない」


「そっか……」


「だが同じ見返りを支払うのならまだボナミザ商会の女将さんのほうがやりようはあるかも知れないな」


 ボナミザ商会なら色々と預けてるものがあるし、晴樹たち異世界組に関しての裏事情はオルマーより女将のほうが精通している。


 何よりもオルマー家に向かうより商会のほうがここから近いのが良い。


 二人の会話にさらに脅かされているのは店主だ。異国人の口からオルマーだのボナミザだのこの街の権力者の名前がポンポンでてくることに目が点にならざるを得ない。


「あの……」


「へ、へい!」


 店主は明らかに先ほどと態度が変わり、引きつった作り笑顔を晴樹たちに向けた。異国人とはいえそのような権力者と繋がりを持っている者を邪険に扱うのは危険である。


「紹介状があれば優先的に回してもらえますか? 明日までには欲しいのですが」


「そうですねー」


 店主はカウンター席の脇から帳簿を取り出すとペラペラとめくって予約を確認する。基本的には予約はすでに埋められている。


 しかし店にとって重要なのは取引している客が誰かによる。オルマー家やボナミザ商会から横取りされたとあれば店の信頼に傷はつかない。相手もそれならばと諦めることはよくあることだ。


 よって重要でない客の予約はごまかして馬車を回すなどこの世界ではよくあることだ。ましてやオルマー家やボナミザ商会からの紹介状など断れるはずもない。


「明日の夕方には1台なんとかなりやす」


「本当ですか。じゃあそれ押さえておいてください。紹介状持ってきますので」


「へい。ですが本日中にお願いしやすね」


 店主に念を押されて晴樹たちは店を後にした。

 向かうはボナミザ商会だが……実際のところ紹介状を書いてもらえるかは怪しいことだった。


「いいわよ」


 女将の即答に二人の目は点となる。

 しかも女将の表情はかつてないほど笑顔だ。

 無口な部下に合図を送ると彼は部屋を出ていった。


 あっけなく承諾してくれたことに二人は困惑する。

 そんな彼らに女将は種明かしとして一通の手紙をテーブルの上に置いた。


 彼女が簡単に応じたのは手紙と同時に帝国時代の装飾品やマジックアイテムが添えられていたからだ。

 見返りとしては十分すぎる品ではあるが、それはこれまでのお礼も兼ねて送られていたものである。


「四日ほど前に魔法使いがやってきてね。これをおいていったのよ。中身はあんたたちに手を貸して欲しいと」


「魔法使い? 一体誰から?」


 梨沙はその相手が気になった。


「差出人は刀夜だけど持ってきたのは女性の魔法使いよ」


 刀夜の身近な魔法使いといえばアリスだが彼女は亡くなっている。となれば彼の身近にいる魔術師といえばボドルドとそ弟子しか思いつかない。ボドルド本人が来るはずもないので恐らく来たのはティレスなのだろう。


「ティレスかしら? 確かリリアの友達の……」


 女将はずいっと体を伸ばしてテーブル越しに晴樹に差し迫ってくる。


「そんなことより、あの子最近全然見ないけど、どうしたのよぉ」


 女将に迫られて晴樹は簡単に経緯を説明した。

 それは自分たちが帰るということであり、刀夜も帰るということだ。


 聞き終えた女将は大きくため息をついて椅子から立ち上がると窓際で立ち尽くした。


 再び大きく息を漏らすように「そう……」と一言だけ漏らした。


 彼女としては折角の逸材を結局手に入れることができなかったことが残念でたまらなかった。

 だがそのことは刀夜が最初に言っていてことだ。


 その後晴樹たちは紹介状を手にいれて馬車の予約をとることに成功した。

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