第384話 帰還に向けて3

 街に滞在できるのはたった二日だけだ。龍児たちは急いで帰還への準備に入らなくてはならなかった。


「何よりすぐに必要なのは足の確保だね」


 晴樹が声をあげる。


 マリュークスの館へ向かうには馬が必要だ。それも自分達で自由にできる馬でなくてはならない。


 なにしろマリュークスの館は街道から外れた位置にあるため商人の馬車や定期便の馬車は使えない。特にスシュ村方面へは例の暴動事件のせいで街道は使われていない状況である。


 それに加えて商人の馬車では相手の事情に合わせる必要が出てくるので急ぐときなど非常に困ると言える。


 となれば馬や馬車は買い取って足を確保しなくてはならない。馬に乗れない者や馬の数を考えれば荷馬車がベストだろう。今日のために資金はしっかりと用意できているのだから。


「そうだな。足がなきゃ話にならない」


「じゃあ僕が手配してくるよ」


「おう、頼んだぜ」


 現在の馬車は工場攻略戦とシュチトノとの貿易により、値段はかなり高騰していると聞いていた。問題なのは売り切れになっていないかだが、その場合は誰かに譲ってもらうしかないだろう。


「あ、あたしも行く」


 梨沙が少し照れながら挙手した。彼女は晴樹と二人っきりになれるチャンスだと考えた。家では晴樹と二人っきりになれる時間が少なく、二人の関係は海の一件からあまり大きく進展していない。


 晴樹は皮の袈裟懸け鞄に金貨袋を詰め込む。袋からはジャラリと相当な枚数が入っている音を立てた。馬車の手配は難しい可能性があるので袖の下は多めに持っていったほうが良いと踏んだ。


「じゃあ急いでいってくるよ」


「頼んだぜ」


 晴樹が玄関をくぐると梨沙が慌てて彼の後を追いかける。街へと続く道へ向かい、少し盛り上がっている斜面を昇りきると振り向いて梨沙を待った。


 彼女がぜいぜいと息を切らして登ってくると晴樹は彼女に手を差しのべた。にこりと笑う彼の顔をみて梨沙は赤面すると晴樹の手を取り、二人はそのまま手を繋いで街へと向かう。


◇◇◇◇◇


「じゃあ私たちは荷物のほうをまとめておきましょう」


 舞衣は自分のリュックを取り出すと何を入れようかと辺りを見回す。しかし取り分け必要そうなものが思いつかない。


「ねぇ、これ持って帰る?」


 由美がタンスの引き出しから長らく収納していた服を取り出した。


「あ、制服…………」


 皆は由美が取り出した学校の制服に視線を移すと釘付けとなった。彼らの脳裏にこの世界にきたころの記憶が甦ってきた。


 31名もいた仲間は今や10名となってしまった。それは彼らにとって最も辛かったときの記憶……


「なんか、私たちだけ帰るなんて申し訳ないね」


 亡くなった者の大半はモンスターの徘徊する山奥であり置き去りにするしかない。智恵美先生と咲那はピエルバルグに埋葬されている。


「せめて遺骨でもあれば良かったのにね……」


 舞衣がしみじみと口にした。元の世界に帰れればクラスメイトの家族がどう思うだろうか。彼らの心境を思えばせめて遺品、特に遺骨でもあればとつい考えてしまう。


「あ、そうだ……」


 何かを思い出した美紀が棚の奥から小さな細長い木箱を取り出した。


「これなら遺品として持ち帰ってもいいんじゃないかな?」


 視線が集まるなか美紀が木箱を開けるとネックレスが出てきた。それはヤンタルの街でブランキから智恵美先生に送られた品である。


 彼女はブランキの気持ちは嬉しかったが帰るつもりであったため彼の気持ちだけ受けとる形となった。先生の遺体が見つかったときネックレスは着けたままだった。


「そうね。それなら遺品としましょう」


「ねえ、美紀。他にはないの?」


「んー教室で回収したものぐらいかな……」


 美紀は少し考えた振りをしたが直ぐに肩をくすめた。遺品になりそうなものは教室で回収した文具や体操着だがその大半は山中であり、手元にあるのは極一部だけだ。


「無いよりはマシね。それも持ち帰りましょう」


 彼らは他に持ち帰るものがないか探しつつも荷物をまとめてゆく。そして各々この一年半の出来事を振り返えり、話に花を咲かせ、時には悲しみ、思いにふけった。


◇◇◇◇◇


 晴樹と梨沙は馬車を買い取るのに苦戦していた。ある程度難しいかもしれない予想していたのだが、事態は予想以上で見込みの甘さを痛感していた。


「あ? 馬車を買いたい?」


 店主はじろじろと晴樹たちの顔をなめ回すように見ると犬を追い払うように手を振った。


「只でさえ注文殺到してるのに、よそ者に売る馬車はねぇよ」


 よそ者――つまり異国人である晴樹たちに売るつもりなどないということ。刀夜のようにどこかのギルドに加入していれば異国人でも売ってくれたかも知れないが、晴樹たちはどこにも所属していない。ピエルバルグに在住していたとしても証明できない。


 店主にしてみればそのような得体の知れない相手に貴重な商売の品を優先して売るわけにはいかない。


「参ったな……」


 晴樹は刀夜が借りる際にそういった証明するものを見せていた所まで見ていなかったためシステムが分かっていなかった。


「えっと……これで何とかなりませんか?」


 晴樹は金貨の入った袋をカウンターにジャリっとワザと音を立てさせるように置いてみせた。そして袋の入り口を開けると中には十数枚の金貨が入っている。


 金貨の輝きに目を奪われた店主はゴクリと喉を鳴らす。だがその誘惑を振り切るかのように首を振ると再び断りをいれた。


「ダメダメ。金の問題じゃないの!」


 商売人として信用は大事なのだ。金の誘惑に負けて彼らに優先に回してしまうと二度と商売ができなくなる可能性があるのだ。


 晴樹は仕方なく金貨の袋を戻した。

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