第383話 帰還に向けて2
「ねぇ、エイミィちゃんはどうするの?」
美紀の質問は非常に難問である。刀夜が彼女を引き取っている以上、本来なら刀夜が責任を持つのが筋であるが彼はもう帰ってこない。
ゆえに残された者でどうするべきか考えなければならないのだが選択肢は多くない。現状をふまえるとリリアを元の世界に連れてゆけない以上、彼女に委ねるのが一番と思える。
「それにしても後の事を考えなしでエイミィちゃんを引き取るなんて……こうなることは分かっていたでしょうに彼らしくないわね」
「刀夜はゾルディのことがなければ引き取るつもりはなかったようだよ。仕方ない部分もあったんじゃないかな」
「ゾルディの話がなければ俺たちは帰れなかったかも知れないんだ」
晴樹と龍児の言い分に由美は押し黙るしかなかった。エイミィはゾルディの転生者ではあるが不完全な転生魔法によりエイミィの体へと完全に乗り換えることができなかった。
両親の愛情を注ぎ込まれたエイミィはごく普通の子供としての人格を形成してしまい、魂を2つ持っている状態となってしまっている。
人格が形成される前にゾルディが食い潰す予定だったのに逆にゾルディはエイミィの魂に押し潰されかねない状態なのである。
ゆえにゾルディから情報を聞き出す機会は僅かしかなく、刀夜はその機会損失を恐れた。だがすでに帰還が確約された以上、もはやその価値もないのかも知れない。
とはいえそれは本来の人格であるエイミィには関係のないことだ。刀夜家に引き取られた以上は責任を持たなければならないのだが結局はこの地に残るリリアに委ねるしか他ならない。
◇◇◇◇◇
リリアは部屋に閉じ籠ると刀夜のベッドの淵から布団に潜り混んで声を殺して泣いていた。
いつかこの日がくると分かっていても別れるのは辛かった。覚悟は決めていたつもりであったが繰り返される日々はずっとそのときが永遠に続くかのような錯覚を生んだ。そして好きになればなるほどそれを強く願ってしまう。
ギィーっと部屋の扉がゆっくりと開く音が聞こえた。誰かが入ってきたのを感じると、このような姿を見られることが恥ずかしくなり、慌ててシーツで涙を拭き取った。
「ママぁ?」
声の主はエイミィだ。その声色から彼女が心配していることが伝わってくる。年上である自分の情けない姿を彼女にいつまでも見せるわけにはいかず、布団から頭をだすと案の定エイミィは不安そうにしていた。
とてとてとゆっくりと近づいて床にへたり込んでいるリリアに抱きついた。悲しさが再度込み上げてくるとリリアはエイミィを抱きしめ、小刻みに震えて押し寄せる感情に耐えようとする。
「泣いているの? お兄ちゃんは?」
エイミィはリリアの背中に回した手で彼女の体を擦った。本当は背中を擦りたいのだが手が届かないので脇の近くを撫でる形となる。
「……刀夜様は……」
もう帰ってこない。そう口にしそうになったが言葉を飲み込んだ。エイミィにまで悲しい想いをさせる必要などないのだ。
「ちょっとまだ用事があって帰れないのよ。一緒に待っていようね」
悲しませないよう嘘をついた。たがエイミィはきょとんとした目でリリアを見つめてくる。
思わぬ反応を返してくる彼女にリリアも予想外だと戸惑いを感じた。だがエイミィの口からは思いがけない言葉がでてくる。
「じゃあ、お兄ちゃんを迎えに行こうよ」
「え?」
――刀夜を迎えに行く。
そのような発想はなかった。いずれ別れるとしてもあのような別れかたは嫌であり、ちゃんと想いを告げたい。
龍児達は刀夜の元に行くのだから彼らに着いてゆけばいいだけだ。刀夜は自警団を連れてくるなと言ったがリリアを連れてきてはいけないとは言っていない。
屁理屈かも知れないが大事なのは帰還する彼らの邪魔をしなければ良いことだ。
「そうね。こっちからお迎えにいこうか」
「うん!」
ダメもとでもいい。もしかしたらボドルドを説得して条件を変えてもらえるかも知れない。なにもしなければこのままなのだ。
運命は自分で切り開く。刀夜と共に暮らして学んだことだ。彼は常に最悪を想定して先手先手で対策を用意して運命を変えた。
そして龍児。彼はどれほど難しい問題にも怯まず挑戦してきた。失敗しても何度も何度も挑む。
ただ漠然と受け入れてしまってはずっと後悔し続けるに違いない。
自分はもう奴隷ではないと刀夜は言った。自由にしてよいのなら自分の意思で刀夜に会いに行こう。リリアはそう決めて再び気力を取り戻した。
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