第381話 帰ってきた龍児
刀夜の家の引き戸がガラリと音を立てて空く。
木製の扉は年期が入っており、やや引っ掛かりがあるために音が大きい。いつか手直ししなくてはと刀夜がボヤいていたが結局のところ急がしさに託つけて放置したままだ。
「みんないるか?」
入ってくるなり、リビングにいたメンバーに声をかけたのは龍児だ。彼の大きな体では扉の高さがギリギリなので頭を屈めて入ってくる。
「龍児!」
「龍児君!」
突如の珍入者に晴樹と舞衣が声をあげた。部屋には二人以外にも梨沙と拓真が揃っており、不在なのは美紀とエイミィの二人である。
リビングで雁首を揃えていた彼らは深刻な趣でなにか話し合っていたらしく、部屋の空気が非常に重たく感じた。
龍児は皆の異変を感じつつもづかづかと部屋へと進み、その後ろに続いて由美とリリア、颯太と葵が入ってくる。
龍児は自警団本部に到着した早々に颯太と葵に連絡をとって仕事を抜けだしてきたばかりだ。そのため彼らはまだ武装をしたままとなっている。
背負っていたいかにも重そうな魔法剣をリビングの横にゴトリと置いた。さらに横に脱いだ防具一式を添えておいた。
龍児と由美そしてリリアが彼らに会うのは実に2ヶ月ぶりとなる。急いで駆け付けてきたのは無論帰還の話をする為ではあるが、とりあえず無事であることを伝えたかった。
「由美もリリアちゃんも無事で何よりね」
「なんとかね」
「ありがとうございます」
正直いって無事に帰ってこれたのは本当に運が良かった。由美は研究所内に入ってからはあまり弓が使えず、苦手な近接戦闘を強いられることとなった。されど周りの仲間にサポートされて辛うじて生き延びた。
彼女の所属している部隊はあまり前に出ていなかったのも大きい。なにしろ先行していた部隊はことごとく手酷い目にあっている。そしてさらに先行していた龍児とリリアも巨人兵の相手と極めて危険な戦いを強いられた。
「ねぇ、龍児くん。リリアちゃん。落ちつて聞いて欲しいのだけど……」
舞衣が言いにくそうにモジモジとしている。いつも落ち着いた印象のある彼女にしては非常に珍しい態度であり、龍児は何事かと身構えた。
「その……向こうで刀夜君に出会わなかった? 彼、帝都に向かうといってアリスさんと出かけたまま帰ってこないのよ」
刀夜が家をでてからほぼ一ヶ月ほどたったが、彼は帰ってくるどころか何の音沙汰もないのだ。元々の話では15日ほどの予定であると聞き及んでいたのだが待てど一向に帰ってこなかった。
帝都は帝国人とボドルド率いるモンスター軍団と大きな戦争が行われた場所であり、今でもモンスターが多く徘徊する場所であると予測していた場所なのだ。
そのような場所に赴いて連絡が途絶えればもう何かが起こったのだと悪い予感に囚われるのは当然である。
「あぁ、刀夜とならモンスター工場で会ったぜ」
「え? ええ!? モ、どうしてモンスター工場なんかに?」
舞衣は驚きを隠せない。なにしろ刀夜が向かったのは帝都であり工場へと向かうなど彼は言っていなかったのだ。
「彼はそこで何をしていたの?」
「奴はボドルド側についた」
その言葉は皆を驚かせる。ボドルドが予測通り生きていたことも去ることながら人類の敵として認識されている側に刀夜がついたというのだから。実に信じがたい話である。
「刀夜は何て言っていたんだい?」
なにか理由がある。そう感じた晴樹は龍児と出会っていたのなら説明はしているはずだと感じた。
「刀夜は……」
そう言いかけた龍児は少し考え込む。どのみち刀夜の話をするのであれば帰還の話を交えたほうが手っ取り早いと。
「……皆、俺たちが元の世界に戻る日が決まった」
龍児は刀夜から伝えられたその言葉で晴樹への回答とした。そして工場での刀夜の一件を皆に話した。
要するに刀夜はボドルドに帰るための交渉を成功させたのだ。そして彼がボドルド側についたのも帰ってこれないのもそこに理由があるのだと感じた。
驚く皆を他所に龍児は帰還までの予定を話した。帰還までの残り日数はあと4日しかない。移動に要する時間を考えれば2日で準備を済ませて3日目の朝にはここを出立しなくてはならなかった。
たった2日で準備を進めなくてはならない。
「きゅ、急ね……」
果たして間に合うだろうかとやらなくてはならないことを舞衣は指を折り数える。
「最悪、移動手段さえ確保していればなんとかなるだろう」と由美。
「帰れるんだ……」
梨沙が想いふけるように呟いた。その言葉に彼女が抱いた気持ちが皆にはわかる。みんな同じ気持ちだからだ。
理不尽に突如この世界に連れてこられた。『何のために?』目的も理由も分からずその日のうちにモンスターに襲われて多くのクラスメイトを失った。その後も次々と仲間を失って心底、元の世界へ帰りたいと思った。
だが街にたどり着き、ようやく平穏を得て街の人々と暮らすようになるとそれが普通になってくる。
――愛着が沸いた。
だが帰りたい気持ちは已然として存在する。嬉しいような残念のようなそんな気持ちがモヤモヤと渦巻いた。だが彼らの中にまったく異なる気持ちを抱く者が一人いる。
リリアだ。リリアは堪えていた涙が溢れそうになり、慌てて部屋へと駆け込んでしまった。
「龍児君。リリアちゃんは?」
気がかりなのは彼女だ。
「彼女は連れてゆけないと刀夜は言っていた。面と向かって別れを告げられた……」
「そんな……なんとかならなかったの?」
「……ボドルドとの契約上、できないとのことだ……」
龍児は無念そうに答えた。龍児は何としても刀夜を説得してリリアを自分達の世界に連れてゆけないかと考えていた。
刀夜が帰りたい理由は聞いている。色々と深い事情も聞けば分からないでもない話であった。
であればこそ天涯孤独の身となった彼女を自分達の世界にと思っていたのだ。だが彼女を連れて帰れば世間が騒ぐのは目に見えている。
ましてや彼女の身の上を考えれば色々とやっかいな団体や組織が絡んできて平穏に暮らすのは難しいだろう。
だがそれでもリリアが望むのなら……
そう考えていたが帰還の条件としてボドルドから拒絶されたのであればもう手の打ちようはなかった。
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