第378話 低次元の争い

 突如、部屋の扉が大きく開かれた。筋肉隆々の大男が両手で扉を押し退けてずかずかと入ってくる。


「てめーがボドルドか!!」


 ゆらゆらと揺らしていた椅子が止まった。龍児は辺りをキョロキョロを見回したが人は椅子に座っている人物が一人っきりだ。


 後ろ向きなので顔は見えなかったが、椅子が止まるとその人物は立ち上がる。緑の服に長い黒髪と見覚えのある姿はボドルドではない。


「刀夜…………なのか?」


 龍児が疑問に思うのも不思議ではなかった。額から口元までズブリと抉れた酷い傷跡はあまりにも人相を変えていた。


「ど、どうしたんだその傷? それにボドルドは?」


「傷のことなどどうでもいい。ボドルドは先に出ていった」


「てめー、逃がしたのかよ」


 苦労してここまで攻めてきたのにのこのこと逃がすなどと、それも自分の仲間がそれをやったことに怒りを感じずにはいられない。


「当然だろ。彼が捕まったら俺たちは帰れないのだからな」


「バカか、自警団……いや世界を敵に回す気か?」


 帝国を滅ぼし、人類を絶滅寸前までおいやり、あまつさえ巨人兵という災厄を残したボドルドは人類の敵であるとの共通認識となっている。


 だが事実は帝国人は人類ではなく、人類滅亡などなかったのだ。すべてはマリュークスの虚言、自分の都合のよい歴史に変えられていたにすぎない。


「バカはお前だ。目的を履き違えるな。俺たちがすべきことは帰ることであって。この世界のことなど関係ない」


 刀夜は呆れる。歴史の事実を知らないはともかく自分達の本来の目的を見謝るなどありえるのかと。


「てめー……この世界の人々に散々世話になっておきながらその言いぐさはねーだろ!!」


 結局のところ龍児はそのような情に流されやすい性格なのだ。それが悪いとは言わないが、刀夜のように目的のために合理性を要求するタイプとは反りが合わないのだ。


「お前はこの世界に肩入れしすぎだ。俺たちは元の世界に帰らなくてはならないんだ」


「だからこそ、受けた恩をきっちり返してから帰るんじゃねーか。立鳥後を濁さずってな」


 折れない龍児に刀夜は業を煮やしはじめる。この男には理屈が通らないのだと、であればいくら理屈で押しても拉致があかない。


 ボドルドが自警団に捕まってヘソを曲げられたらいくら説得しようとも実現しなくなるのだ。


 そんなレベル程度の話ですら通じないのかと怒り心頭となった刀夜の血圧が急上昇する。頭からアドレナリンが間欠泉のように吹き出すと刀夜も冷静さを失った。


「だから世話になったリリアに恩を返そうと? 彼女に肩入れしてどうする? 彼女は俺たちの世界に連れては行けないぞ! 俺たちがこの世界に残ることも許されないんだ!!」


 この場でリリアの話など本来なら必要ない。しかし頭に血が登ってしまった刀夜は龍児を負かせたい一心で彼の弱みを突こうとした。


「肩入れって……お前! それは由美にも聞いたが誤解してるぞ! 俺とリリアはお前が思っているような仲じゃない!!」


「公衆の面前で抱き合ったりキスしたりしておいてそんな寝ぼけた言い訳する気か?」


 刀夜の口から信じがたい言葉が出てくる。龍児にしてみればまったく身に覚えがない。そもそも人の彼女に手を出すような卑怯な真似をするぐらいなら死んだほうがマシである。


「キ、キ、キスゥ!? そんなことしてねぇ! テメエの目は節穴か!!」


 龍児は顔を真っ赤にして否定した。


「白々しい」


 刀夜はプイっと顔を背ける。


「刀夜! テメーふざけて言ってんのか!!」


「俺はマジメに言ってる!!」


「俺がリリアに手を出す分けないだろ!!」


「どーだかな、彼女欲しさにリリアの優しさにつけこむぐらいしそうだがなッ!!」


「てめーいうことかいて!!」


 互いに言い負かそうと相手の弱みをネタにしようとしたり、揚げ足を取ったり、極端な話を持ち出したりと他人が見れば見苦しい小学生レベルの言い合いが始まった。


 ただ昔の龍児であれば間違いなく手を出して互いに殴り会う展開となっていたであろう。その点おいては成長したのかも知れないが、内容が内容なので決して誉められたものではない。


 刀夜もリリアのこととなると完全に冷静さを失っており、頭が冷えれば自分の情けない姿に悶絶することとなるだろう。


◇◇◇◇◇


「これでわかったでしょ……」


 ティレスは体を起こしてリリアから離れると涙を拭った。


「アンリちゃんはどうしたの?」


 ティレスは答えられない。唇を噛みしめ血が滲むと、不安そうに答えを待っているリリアから視線を反らす。ますます嫌な予感に見回れたリリアはティレスにすがるように訪ねる。


「他の皆は? ねぇどうなったの?」


「……そ…………」


 観念して口を開こうとしたときだ。ガヤガヤと戦いの音が聞こえたきた。自警団が追い付いてきたのだ。


 教団の抵抗はしぶとく研究中または放棄されたモンスターまで導入して戦っていた。しかしモンスターを制御する合成獣を持たぬため放たれたモンスターは敵味方問わず襲ってくる。


 教団は敵も味方もないカオス状態へとなり、パニック状態となる。自警団もかろうじて統制をとっているが三勢力が入り混戦となっていた。


 このままでは隣であるこの部屋に自警団がいつなだれ込んできてもおかしくはない。


「もうここまでね」


 ティレス一人で自警団を相手するのもできなくはないが彼女の目的は時間稼ぎとリリアだ。


 時間稼ぎに関してはすでに龍児が向かってしまったので意味がない。リリアには出会えて話はできたがもう説得する時間はなくなってしまった。だが彼女はまだリリアと話がしたいのだ。


「リリア行きましょ」


 ティレスはリリアに手を差しののべた。


「でも私は世界を変えたいとかは……」


「それはまた後でいいわよ。いまはボドルド様の元にいきましょ」


 ボドルドの元には刀夜がいるのだ。リリアにとってはボドルドよりも刀夜に会うことのほうが重要である。リリアはティレスの手を掴んで立ち上がると二人はさらに奥へと駆けだした。

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