第377話 ティレスの想い

「さて、ボクに話って何かな。ボクと共に世界を変えてゆく話なら大歓迎だけど……」


 ティレスの言葉にリリアは悲しそうに首を降った。彼女がやろうとしていることは社会体制を一度壊すことであり、そのような話にはのれなかった。


 その混乱の最中、多くの人が不幸に見舞われることとなってしまう。だがそれ以前に彼女のような存在は目的達成前に淘汰されてしまうだろう。


 たった一人でそのようなことはできない。したがってリリアを仲間に欲しいのだ。しかし、リリアは辛い仕打ちを受けたとしても彼女のように恨むことはできそうになかっただろう。


「だろうね。なんかさボクとリリアって同じ境遇かと思っていたんだけど……違うみたいだね……」


「ごめんない……」


 ティレスは同じ苦しみ持つ理解者を欲しがっているのだとリリアは感じた。


「奴隷商人に捕まったとは聞いていたのだけど?」


「捕まったわ……でも助けてくれた人がいたの……」


 それを聞いてティレスの口元がピクリとする。リリアは競りで刀夜に出会ったこと、彼が人として扱ってくれることを約束し、ずっと守ってくれたこと、そして今日に至ることを話した。


「つまりリリアはその男に奴隷としての扱いを受けたことがないのね……」


 リリアが奴隷としての境遇を土壇場で逃れたことは親友としては嬉しいことではある。だがそれは自分が受けた辛い境遇の理解者を得られないということだ。


 今のティレスにとって欲しかったものは後者であった。


「……リリアちゃんその人のこと好きなんでしょ……」


 ティレスはリリアが刀夜のことを話すたびに嬉しそうにしていたのがずっと気になっていた。


「え?」


 親友に図星をつかれたことに驚き、恥ずかしさはあったが、ティレスやアンリなら別に知られてもよかった。


 もし二人にそのような相手が現れたらリリアとしては祝福したいし幸せを願ってあげたい。二人とはそのような間柄だと信じていた。


「う、うん……」


 リリアは顔を真っ赤にして答えた。


◇◇◇◇◇


「だそうじゃ……よかったの色男」


「あ、あいつはバカだ。どうせ別れる運命にあるのだから愛想つかせてキレイサッパリ忘れてしまえば良いものを……」


 刀夜は姿鏡でリリアの心の根を聞いてしまった。盗み聞きをしているようで背徳感を感じつつも顔は真っ赤となり、刀夜は鏡を直視できなくなってしまった。


 そんな刀夜を見たボドルドは大きくため息をつく。


「確かにお主のそれも愛の形かもしれん。じゃがあの娘に最後最後まで愛情をそそぎつつ別れるのも愛情の形じゃ。あの娘にとって一番幸せな選択肢を選んでやるべきではないか?」


「あんたにそんな事を言われるとはな」


 よりにもよって帝国人を皆殺しにしたような男に愛のなんたるか説教を食らうとは思いもよらなかった。


「さてと、ワシはそろそろ行くがお主はどうする? 一度戻るか?」


「いや、あんたについていくよ。ここで自警団に会えばまた余計な勘繰りを受けるからな。このタイミングで面倒事は御免だ」


「そうか」


 ボドルドは椅子から立ち上がるとポケットから取り出した青い指輪を刀夜に渡した。


「これは?」


「トランスファーの魔法が仕込んである。用事が終わったら奥のゲートからくるがよい」


「わかった」


 刀夜は指輪を握りしめてポケットへとしまう。


 ボドルドは刀夜の前を通りすぎると振り向きもせず部屋の奥にある別の部屋へと入ってゆく。その部屋に別の研究所へと通ずるポータルゲートがあるのだ。


 部屋の扉が閉まると刀夜はロギングチェアーに座って龍児がくるのを待った。


 考えることが多すぎる中、何度も消えて現れるのはリリアのことだ。


 龍児の一件がなければボドルドの意見を素直に受け入れていたかも知れない。だがどうしても素直になりきれない。


 心のどこかにわだかまりがある。なぜこうも重く苦しいのか……いまだ答えはでない。刀夜は姿鏡に映るリリアに目を向けた。


◇◇◇◇◇


「……そう……好きな人できたんだ……」


 ティレスの言葉には祝福のような歓喜の感情がこもってなどいなかった。言葉は重苦しく、そして彼女の表情はがっかりとしている。


「……ティレスちゃん?」


 ティレスは小刻みに震えながら昔の事を思い出す。


「あんたは昔から運命の人とか好きだったものね……」


 それは幼き日に語った将来の話だ。まだ若くとも見据えた三人の将来は素敵な人との出会いと家庭の話だ。


 とりわけリリアは運命的な出会いというものに焦がれており、よく二人からからかわれたものだ。


「そしてその人の子供を身籠って幸せに暮らすんだ!?」


 リリアはティレスの豹変ぶりに驚く。突如、胸ぐらを捕まれて押し倒されてしまった。


「ティレスちゃん!? や、やめて」


 彼女の腕から伝わってくる力は本気であることを示している。押し付けられた拳に彼女の体重がかかり、肋骨へと食いこんだ。


 リリアの顔が苦痛に歪む。だがティレスの目に飛び込んできたのはリリアの服だ。


「なによ聖堂院の服なんか着て! それで清廉潔白にでもなったつもり!」


 ティレスが力を込めると聖堂院の胸元から引き裂くような音と共に破けた。


「いや、や、やめ…………」


 リリアの目に涙が籠る。この服は刀夜と出会ったときの思いでの服なのだ。


「同じ性奴隷に落ちておきながら何でリリアだけなのよ!!」


 彼女の声は怒りというより悲痛な叫び声だ。激しく体を揺すってくるが彼女の腕の力は四方に散っており狂乱に近い。


 だが今度は床に押し付けられて後頭部を打ちつけた。痛がるリリアの顔にボタボタと何か生暖かいものがこぼれ落ちてきた。口元にもこぼれ落ちてきたそれはしょっぱい味がする。


 うっすらと目を開けてみるとティレスはボロボロに涙をこぼしてリリアの目を見つめていた。


「私はもう子供も作れないのに……」


「――え?」


 彼女の言葉にリリアの血の気が引いた。彼女はすでに去勢薬を飲まされていたのだ。リリアはてっきり自分と同様に危ないところをボドルドに救われたのかと思い込んでいたのだが違っていたのだ。


「作れないだなんて……そんな……」


 リリアは自分が口走って助かった話をしてしまったことや、刀夜へののろけと誤解を受けそうな話をしてしまったことを後悔した。


 ティレスがすでに手遅れだったこと思えばとても酷いことを言ったことになる。リリアの目から滝のように涙を流すとティレスに強く抱きつく。


「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい……」


「な、なんであんたが泣くのよ!」


 ティレスよりわんわんと泣きじゃくるリリアにティレスも涙があふれ止まらなくなった。互いに抱き締めあい、共に大きな声で思いっきり泣くのであった。

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