第373話 とことんバカであれ

「あの娘はなぜ攻撃魔法を使わない?」


 刀夜は苛立ちを隠さずに吐き出すようにボドルドに尋ねた。


 巨人兵相手に余裕などかましている暇はないはすなのである。先手必勝で畳みかけなければ、優位にあっても相手の一撃ですべてひっくり返されかねないのだ。


 刀夜の質問にボドルドはゆっくりとロギングチェアの背もたれにもたれると、長い白髭を触りながら残念そうに説明を始めた。


「ティレスが使える攻撃魔法は風系と氷結系でな……」


「何系だろうが巨人兵には魔法が有効なんだろ?」


 文献では巨人兵には魔法攻撃が有効とあった。というより物理攻撃は弾かれるのでそれしか方法がないというのが正しい。


 最も刀夜が編み出した方法もあるが、その手法は事前に罠を張っておく必要があるのでこのような場面には使えない。


「やれやれ、おぬしもその誤った認識に囚われるのか?」


「?」


 刀夜はボドルドの言葉に何が誤っているのかと首を傾げる。ボドルドはよく分からない様子の刀夜をみると、彼の意見を待たずに説明を始めた。


「よく考えてみよ、魔法で氷の刃を作ったとしても刃自体は只の氷の塊でしかなく魔力は帯びていない……」


 その説明にようやく刀夜は理解を示す。氷の塊の時点でそれは物理となってしまっているのだ。そして巨人がそれを自身を傷つけるものだと認識した時点で障壁が発動して弾かれるのだ。


 刀夜の対巨人用罠はこの盲点をついて巨人に攻撃と思わせない方法をとったものだ。


「つまり魔法が有効なのはマナを直接奴にぶつけるような魔法のみというわけか!」


「正解じゃ。マナは障壁に緩衝せぬ。だからティレスの持っている魔法で有効なのは風系じゃがこれでは威力不足じゃ。あの乾いた体にいくら切りつけてもダメージは知れておる」


 しかし刀夜はある矛盾を感じた。そしてアリスが使った氷魔法の一件を思い出す。


「まて、確かアリスが戦ったときは氷の刃が刺さったと聞いているぞ」


「それは障壁の隙間を狙ったのじゃろ。あれとて完全にはカバーできとらんからな」


「じゃあティレスって奴も……」


「真正面から向かってくる相手にそんな余裕あるかの?」


 確かによそ見している相手ではないのだ。対峙していては詠唱時間も攻撃がかわされることも考えれば簡単な話ではない。


「となるとマナイーターしか手がない……しかし……」


「今の状況でそんなものを使えば攻撃手段は一切失うことになるな」


「そこまで分かっていてなぜ俺を止めた!?」


「分かっておろう、この戦いにお主が加わるわけにはいかん」


「シナリオを変えるなと言いたいのか?」


「そうじゃ」


 刀夜はボドルドの返事に不満を抱いた。確かに彼らのシナリオどおり事を進めなければ何が起こるのか分かったものではないのだ。


 最悪、この世界の消滅もありえるがゆえに刀夜は鎖で繋がれたも同然であった。


「……龍児」


 ぼそりと刀夜は呟く。この状況を打破し、リリアを守れるのは奴しかいない。武器を失い、傷つき、対処などできるはずもない男に何を期待するのか?


 だが何かできるとしたらあの男しかいない。無謀で後先考えない、叶いもしない理想ばかり追いかけるあのバカにしかできない……そんな気がしてならなかった。


◇◇◇◇◇


 巨人兵のターゲットは完全にリリアとティレスへと向いた。一見ゆっくりと動いているかのようだが巨体ゆえ移動幅は大きい。


 ティレスは急いで魔法を詠唱して氷の刃を防具のない胸にめがけて放つが、巨人は腕鎧の絶対物理障壁でそれを弾いた。


「くっ、やはりダメ! 逃げるわよリリア!」


「え? で、でも」


 ティレスはリリアの手を引っ張って逃げようよするが彼女の向き先は元来た方向であった。すなわち自警団の面々がいる方向である。


 ティレスは巨人兵と自警団をぶつけて逃げる算段なのだとリリアは直ぐに気がついて行動を躊躇った。


「え? なに?」


 引っ張っていたリリアの腕が急に引き戻されてティレスは驚く。逃げるのに躊躇などしてる暇はないのだ。


「そ、そっちはダメ。皆がいるし、それに私、早く刀夜様の誤解を解きたいの!」


 リリアにしてみれば早く刀夜に会って龍児とのデート誤解事件を解きたかった。事態はそれどころではないのだが、リリアはその為に自警団と離れても先を急いだのだ。


 もしここで刀夜と会えなかったらもう二度と会えない。もしくは許してもらえないような、そんな予感に押し潰されそうだった。


「刀夜……様?」


 わざわざ『様』などつけて呼ぶような相手……


 ティレスはそれがリリアの主人の名だと理解する。


 しかし先ほどの大男にも『様』を彼女はつけて呼んでいた。混乱する彼女であったが巨人が差し迫って逃げる機会を失ってしまった。


 巨人はダガーを大きくうえに振り上げる。もはやこれまでかと諦めた二人だが、巨人はピタリと動きを止めた。


 そして振り返る視線の先には龍児が気合いの雄叫びをあげながら走ってきていた。


 彼の肩には巨大な赤い炎のような紋様が施された両刃の剣を担いでいる。大きさはバスターソードよりも少し短いがその分厚さは倍以上ある。


 龍児は巨人の右足後ろで大きめに足を踏み込むと、それを軸にして駒のように回り出す。担いでいた剣を薙ぎ払いの構えから振り回して剣先を最大限に加速させた。


 赤い剣の先からバチバチと火花が散った瞬間、剣の刃は赤々と灼熱の炎をあげる。


「うおおおおおおおおおおあおッ!!」


 振りかぶった剣は巨人の足首の裏へめがけると、突如何かに衝突する。


 剣の炎は絶対物理障壁と緩衝すると炎を散らしてしまう。と、同時にバリンとガラスが砕けるよに障壁も砕けた。


 龍児は勢いののった剣をそのまま振りかぶって巨人の足首裏へと刃をたてた。肉は無いので直接骨がメキメキと砕ける感触が手に伝わってくる。


 振り切ったと思った瞬間、巨人の足は高々と天井に振り上がった。バランスを崩して後ろに転倒していたのだ。


 だがその龍児も超重量級の剣に振り回され、地に剣を立てると肩で息を切らせた。

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