第372話 思わぬ助け船

 司祭が巨人兵に皆殺しを命令した。


 巨人兵がゆっくりと命令した司祭に振り向く。


 毛もなく、肉らしい肉もなく、乾燥仕切った皮だけが頭蓋骨にピッタリとくっついている。眼球はすでに無くなっており、窪んだ目の奥底で魔力を帯びた赤い光だけがうっすらと輝いている。


 巨人兵は何をするわけでもなくただじっと司祭を見ていた。苛立った司祭は大声を張り上げる。


「なにをボケっとしている! さっさとやれ!!」


 巨人がその手にしている巨大なダガーを振り上げたとき、司祭は自分の愚かさにようやく気がついた。自身の頭上高く掲げられたダガーの矛先は自分であると。


「な、な、なぜじゃーぁ!!」


 振り下ろされたダガーが司祭を直撃する。まともに喰らった挙げ句、激しい衝撃波に巻き込まれて司祭の男は跡形もなく爆散した。


 その衝撃は司祭が隠れていた扉をも破壊し、巨人が格納されていた研究施設の一部を破壊した。液体が漏れて化学反応を引き起こすとモクモクといかにも有害そうな煙をあげる。


「ばかだね。制御モンスターなしに巨人兵に命令なんかできるわけないのに……」


 ティレスは呆れ顔で、あれでも最上の幹部なのかとすでに消滅した司祭をみつめた。


「ティレスちゃん。巨人はどうやって動いているの?」


「ん? そりゃ優先順の高い命令に従うだけだよ」


「今の命令はなに?」


「『身近な敵を殺せ』かな」


「それって私たちのことじゃ……」


 リリアは冷や汗がたらりと流れるのを感じた。しかしティレスは楽観的にとある人物を指差す。


「ボクたちより、先にあいつが狙われるからその間に逃げればいいよ」


 彼女が指差したのは龍児だ。回復魔法で怪我は治ったがまだ痛みを伴って体の自由が効かない。


 龍児は最初の攻撃で吹き飛ばされて巨人の出てきた倉庫大型扉の前に飛ばされていた。司祭のいた位置とも近く、つまり巨人が目の前にいる。


「龍児様!」


「何やっている! 今のうちに早く逃げろ!」


 龍児は勝てないと判断してリリアに逃げるように大声で促した。だがそれは余計に巨人の注意を引き付けることとなった。


 巨人と視線が合うと全身に水を浴びせられたかのように冷や汗が流れて同時に毛穴がざわめく。戦うも逃げるにももはや手段がまったく思いつかない……すなわち……死。


 巨人は司祭を殺したときと同じくダガーを振り上げる。司祭のときと同じならば左右に逃げれば剣はかわせるかも知れない。だが衝撃波だけはどうにもならない。


 またアレを喰らうのか?


 龍児は受けた痛みを思い出してしまうと、折角身構えてもそこから微動だにできなくなってしまった。まるで蛇に睨まれたカエルのごとく体が硬直して自由が効かない。


 巨人のダガーが振り下ろされる!


「かわせ!!」


 自身に言い聞かせるも体がまったく反応できていない。


「くそ!」


 彼が死を覚悟したとき。


「プロテクションウォール!!」


「ルーインシールド!!」


 龍児の目の前に光の壁と巨大な盾が出現する。巨人のダガーは光の壁を叩き割ったが巨大な盾に阻まれた。


 しかし、発生した衝撃波までは完全に拒むことはできず、衝突により巻き起こった気流の渦に龍児は巻き込まれる。


「うおおおおおッ!!」


 龍児の体が宙に浮くと大きく弾き飛ばされた。


 だが衝撃波のような圧力は感じない。まるで引っ張られるかのような感覚の中、飛ばされた龍児は巨人の元いた研究室の奥へと投げ出された。二転三転とゴロゴロと床を転げ、壁に体を打ち付けて止まる。


「いつつつつ……」


 身体中に痛みを伴ったが衝撃波をモロに喰らうことを思えばダメージは微々たるものだ。


「ざまぁねぇな……せめて武器があれば……」


 こうなると相棒のバスターソードを失ったのがかなり痛手のように思えてきた。いや、実際かなり痛いのだが、それとて巨人の絶対物理障壁をどうにかできる代物ではない。


 龍児は体のダメージを確認しながら辺りを確認した。


 研究所と思われるこの部屋は巨人が入っていただけあって天井がとても高くて広い。部屋の一番奥にはまるで玉座かのような巨大な椅子があり、その周りには何やらよく分からない装置がたくさん置かれていた。


 恐らくここに巨人を格納して色々と研究していたに違いない。それをあの司教が叩き起こしてしまった。


 龍児のいる辺りは巨人兵の衝撃波により機材が散らばって雑然たるありさまである。龍児はその機材の中にあるものを見つけるとそれに手を伸ばした。


◇◇◇◇◇


「ティレスちゃん……」


「か、勘違いしないでよね。自警団の連中なんかどうなったって……ボクはリリアさえ無事でいてくれればいいんだから……」


 ティレスはふてくされた表情でリリアから視線を反らした。彼女にしてみれば自警団である龍児などどうでもよい。


 だが彼を見捨てようとしてもリリアがテコでも動こうとしなかったので仕方なく手伝った。そのため貴重な緊急用の魔法のスクロールを使う羽目になってしまった。


 魔法のスクロールには小さい魔法石がついており、呪文を叫ぶだけで誰にでも発動できるがこれは一回こっきりの使い捨てアイテムだ。だが値段は高く入手困難な代物である。


 龍児が吹き飛ばされて彼と巨人と距離が開いてしまったため、巨人の矛先はティレスたちに向けられた。


「あぁ、やっぱりこっち来るんだ……」


 ティレスは逃げるチャンスを失ったことに焦りを感じた。攻撃魔法を持つ彼女でも巨人の相手は不可能だ。攻撃魔法を使用するには詠唱時間が必要だからである。


 ティレスはリリアのグレイトフルワンドと同じく魔法を登録、自動詠唱が可能なマジックワンドを所持している。


 しかし登録できる魔法は一つしかなく、今は飛翔魔法のみである。その場から逃げるのに非常に便利であったのだが自分一人はともかくリリアを連れて逃げるのは不可能だ。

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