第371話 龍児絶対絶命

「リリア、リリア……」


 懐かしい声が聞こえる……


 体を揺すられてリリアが目を覚ますと、目の前にはティレスが心配顔を覗かせていた。


「……ティレス……ちゃん」


「良かった気がついたね。もう。ボク心配したんだからね……」


「ティレス……?」


 リリアの目に映ったのはプラプティで共に遊んだティレスの顔そのものだった。


「どう? 体は大丈夫? 痛いとこはない?」


 懐かしい声にリリアは昔を思い出さずにはいられなかった。ティレスは変わってしまった。そんな事実など気のせいだったと錯覚しそうになる。


「ティレスちゃん!」


 リリアは耐えられずにティレスに抱きついて溢れる感情を涙にして流した。だが二人がゆっくりと感傷に浸る時間はない。


 解き放たれた巨人兵は龍児を襲っていた。巨人兵の剣が振るわれるたびに風圧に見舞われた。かろうじて踏ん張って体勢を維持するともう一本の剣が龍児を襲う。


「ぐッ、か、かわせねぇ!!」


 襲いかかってきた剣を龍児は野太刀で受けてしまう。巨人からみてそれは短剣でも龍児からすれば巨大な剣だ。


 ――まともに受けたらヤバい!!


 本能がそう叫ぶと体をのけ反らして、相手の剣を受け流そうとするが……野太刀を支えている手にビシビシと嫌な感触が伝わった。


「やべぇ!!」


 バキッと砕ける音と供に野太刀が真っ二つに折れた!


 軌道を僅かにそれた剣は龍児の顔、真正面を通過する。重々しい剣はソレだけでも圧力となって龍児にプレッシャーをかけてくる。


 龍児がかわせたと思った次の瞬間、衝撃波の直撃に見舞われた。まるでトラックに正面衝突でもされたかのような痛みが全身を駆け巡る。


 体が吹き飛ばされた瞬間、四肢が引き裂かれそうになって筋肉や神経さらに血管が悲鳴をあげた。風圧に飛ばされて床に叩きつけられた龍児はゴミくずのように転がってゆく。


「こ、これは洒落にならねぇ……」


 喧嘩にしろ戦にしろここまでボロボロにされたのは初めての経験だった。


「と、刀夜奴……こんなの食らったのかよ……」


 それは刀夜が巨人兵討伐を行った際に、二匹目の巨人兵の攻撃を喰らったときの話だ。龍児はその身に攻撃を受けたことでその一件を思いだしたのだった。


 だがそのとき刀夜の受けたダメージは龍児のより遥かに重い一撃なのだ。込められた魔力は同じでも触媒となっている武器の重量が異なる。現に龍児の体はまだ動かせた。


「はははは、自警団の糞どもめ。我々教団は只ではやられんぞ。道連れにしてやる!」


 高笑いをしたのは教団のトップの男だ。巨人兵の出てきた倉庫から体半分隠しながらヤケクソになっている。ボドルドに協力を蹴られたことでもう先はないと諦めに入っていた。


 龍児が人の気配を感じて振り返ってみれば隣倉庫の入り口に司教のような男が隠れているのが見えた。


 だが喋っている内容は聞こえず、よくよく冷静になれば何の音も聞こえなかった。しかも目の前からなにやら黒いものが雫となってポタポタと落ちている。


「黒い雨?」


 床を見れば血の雫跡があり、いまもポタポタと増えていた。


「俺の血なのか……どこかダメージを……」


 龍児は立ち上がろうとするが思うように体が動いてくれなかった。


 ようやく自分は深刻なダメージを負ったのだと理解したとき、自分の足元に青白い魔方陣が描かれた。龍児の体から痛みが和らぐと、ようやく聴覚が戻ってくる。


 はっとしてリリアを見てみれば彼女は立ち上がって魔法を行使していてくれた。たがその傍らには見覚えのある魔術師が彼女に肩を貸している……


「あれはボドルドの弟子……どうして?」


 龍児にしてみれば彼女は敵という位置付けであるが、その彼女がリリアに手を貸している。


 ティレスにしてみればリリアだけが大事であり、他の者などどうでもよいのであるが、当のリリアが龍児を助けたがったのだ。


「そう言えばリリアの知り合いだったか……」


 龍児は前回対面したときのことを思い出した。しかし彼女がボドルドと教団側に組みしていることには変わらない。


 一体どういった心境の変化なのかと勘ぐるが、龍児が彼女の想いなど知るよしもない。だが体勢を立て直すチャンスだと龍児は立ち上がり肩に手をやるがそこにはもう剣はない。


 軽く舌打ちをして残った腰のショートソードを抜いたもののこのような武器では巨人に対して何の役にも立たないことは分かりきっていた。


 巨人兵の鎧は肩から腕の先、そして膝から下しかない。つまりボディや頭には絶対物理障壁はないのでそこが弱点といえるのだが……このような武器ではまず届かない。


 マナイーターで魔力を根こそぎ奪って鎧破壊うにしてもショートソードでは威力が乗らない。


 となれば身体強化魔法で身を軽くして障壁の隙間を狙うしかない。しかしどちらにせよ詠唱時間を稼がなければならずその間耐えきるのは難しいであろう。


「ティレス! 何をやっている? そいつらを早く始末しろ!!」


 司教が魔術師に命令を下したが、ティレスはそれが気に入らないのかコメカミに血管を浮きあげて司教を睨み付ける。


「あんた。誰に命令してるつもりよ? ボクに命令をしていいのはボドルド様だけだよ」


「あぁん!?」


 今度は司教が不服に思うと『この娘嘗めてるのか』といった面構えで彼女を見下した。


 彼女はボドルドの弟子とはいえ、元は性奴隷なのだ。そんな輩に偉そうに言われる筋合いはないのだ。


「拾われた分際で調子にのりおって……巨人兵!! 奴も含めて皆殺しにしろ!!」


 と意気込んでいるものの隣部屋の影から体半分しか出していない時点で気合いも意気込みも糞もなかった。

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