第370話 刀夜の本音

「おい! 自警団なんぞどうでもいい! リリア達のほうはどうなっているんだ!!」


 イラついた刀夜は自警団が戦っている様子を写している姿鏡をガタガタと揺すった。そんなことをしても無駄と分かっているにも関わらず、感情に流されてやらずにはいられなかった。


「コレコレ、それは貴重品なのだぞ。壊す気か?」


 ボドルドが使っているこの姿鏡は、以前に龍児達がシュチトノを偵察したときに街の中を調べる際に使ったものと同等の代物である。


 機能も原理もほぼ同じで動物の目を通してその辺りの様子を見ることができる。


 装置の対となるリングをはめた動物を自動追尾して、その動物の見ている風景を写すことができる分、魔術師ギルドの持つ睡湎鏡すいめんきょうよりは高性能と言えるだろう。


「しかし、聞いていたとおりの意地っ張りじゃの?」


「聞いた? なんのことだ?」


 刀夜はボドルドの言っている意味がわからず思わず聞き返してしまう。自分自身が爺さん譲りの頑固者であることは認めるところではあるが、そのことを初対面の相手に言われる筋合いはない。


「突き放しておいても気になって気になって仕方がないのじゃろ? あの娘のことが……」


「…………俺達は元の世界に戻らなくてはならん。彼女は連れてゆけない。どのみち別れるなら別れやすい状況のほうが都合がいいだろうよ。わざわざ向こうからその状況を作ってくれたんだ利用しない手はない」


 刀夜は説明しつつもこめかみの血管がピクつくかせた。リリアを突き放さなくてはならなくなった元凶その2にそのようなことを言われたくなどないものだ。


 元凶その1とはもちろん龍児のことだ。最初は龍児の一件でかなり頭にきていた。しかし今や彼女を引き離さなければならない最大の原因は他の誰でもないボドルドのせいである。


 真実を知ってしまった刀夜にとって事態の問題の大きさを考えれば龍児の一件などに拘っている場合ではないのだ。


「お、映ったぞ。はりゃ? こりゃいかん……」


 鏡を覗き込んだボドルドは眼を丸くする。


「どうした?」


「巨人兵と対峙しとるのは龍児とリリアじゃ」


「巨人兵!? まだ残っていたのか?」


 刀夜も鏡を覗き込むと、彼の目にはまさに龍児とリリアの二人の眼前に巨人兵が現れて目が合ったところであった。


 鏡から見える範囲では他に自警団は映っていなかった。となれば巨人兵は間違いなく二人を襲うこととなる。


「この巨人兵はデータを取るためのサンプルじゃ。プロトタイプの一つじゃよ」


「一つということは他にもあるのか?」


 刀夜は振り向いてボドルドに問いただした。一匹でも厄介なのだ。もし複数いたら対抗処置のない自警団など絶滅確定である。


「まぁな。じゃがそれはここではな――ふぉ! いかん! リリアが!」

「!!」


 刀夜は焦って再び鏡を見る…………だが特に先ほどと変わらない様子だ。一体何が起きたのかとよく見回すが、変わったところといえば巨人兵に対し二人が身構えた程度だ。


「…………」


 刀夜は冷やかな目でボドルドを睨み付けた。からかわれたのだ……


「こ、この糞ジジィ……」


「ふぉ、ふぉ、ふぉ。それ、本音がでた」


 このような幼稚な挑発をする輩としばし行動を共にしなければならない運命に刀夜は自身の運命を呪いたくなる。


 だが今はリリアである。彼女の様子が気になって仕方がないのはしゃくではあるが事実だ。

 今なら即座に逃げるという手段を講じればまだ生き延びれる可能性がある。


「おっ」

「リリア!」


 だが刀夜が目にしたのは巨人兵が二人に襲いかかったところだった。二人は巨人兵の攻撃を左右別々へと逃げた。


 巨人の攻撃はどうやら龍児を狙ったもののようだ。だが衝撃波をまともに受けて二人は吹き飛ばされてしまう。


 飛ばされたリリアは床を転がるように滑ってゆき、入り口の壁に背中から叩きつけられた。うつ伏せに倒れてピクリともしない彼女の姿に刀夜の心臓は抉られたかのように痛い。


「くそ!」


 刀夜は白い丸テーブルに拳を叩きつけつつも目は鏡から見える様子に釘付けとなる。こんなことなら龍児などに預けるべきではなかったと後悔の念が荒波のように押し寄せる。


「おいっ! あんたの力でアレを止められないのか?」


「無理じゃ。アレを止めるには制御モンスターが必要じゃが、もうない」


 刀夜が部屋の出入口へと駆け出したが、それをボドルドが止めた。


「待て、いくでない!」


「待てるか! あんたでもすべてを見通せているわけではあるまい!」


 ボドルドはこの世界のシナリオの大筋は知っている。それは一部を除いて主にこの世界の歴史についてであり、そこには未来の歴史も含まれていた。


 しかしマクロな部分を知っているわけではなく、彼らのシナリオどおり進んでいるなど保証はない。


「そうではない、事態は変化しておる! ここを離れるな!」


「くッ!」


 止められたことに不満を感じて思わず顔に出てしまった。再び鏡をみてリリアの様子を伺った。


 彼女は未だにピクリともしないが、そんな彼女の傍らに誰かが立っていた。


「誰だ?」


 その者はとんがり帽子にマントを羽織り、そして魔術師の杖を手にしている少女だ。そう以前にリリアと龍児の報告にあった人物だと刀夜は確信した。


「あんたの弟子か?」


「そうだ名前はティレス。プラプティの生き残りにしてあの娘の親友だ」


「プラプティの生き残り……他にもいたのか……」

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