第369話 プロトタイプ
「なんだ?」
微弱な振動を感じた刀夜は足元をみた。しかし、床を見たところで特に変わった様子もなく、震源はもっと下の離れてた所のようだ。
振動の大きさからかなり重く大きいものが動いたような気がした。
「あ奴ら、あれを持ち出したのか……いつの間に倉庫の鍵を……」
「おい、これは一体なんなんだ?」
ボドルドには心当たりがあるらしく、嫌な予感がした刀夜は彼に問い詰める。
「サンプル用に取っておいたプロトタイプを彼らが持ち出したようじゃ。倉庫には鍵をかけておいたのだが……ちゃっかりしておるな。いつの間にか開け方を知っておったとはな」
「何を持ち出したかは知らんが、さっきの司祭があんたの許可なく勝手やってるのか? ほっておいていいのか?」
それは教団がボドルドの意思を無視しているかのように聞こえた。話の内容からはとても統制が取れている感じてはない。
そうなるとボドルドから指示を出したとしても彼らは言う事を聞かない可能性が高いといえる。
しかしながらかかる事態に陥ってもボドルドがこの様子では教団が彼を見限ってもおかしくはない。そしてボドルドもそのようなことには関心がなかった。
正直なところ彼は教団など潰れても一向にかまわないのだ。彼らがまだ助手としての立場を貫くのならこうはならなかったかも知れない。
◇◇◇◇◇
「な、なんだ?」
ジョン団長は不自然な振動に怯えた。彼だけではない自警団のほとんどが振動に怯えた。
この辺りは大陸の内陸部なので地震というものが滅多に起こらない。したがって地揺れに慣れていない彼らは軽く混乱をきたしてしまう。
震源の理由を知っているティレスにとっては絶好のチャンスのはずであった。だがティレスはこのチャンスを棒に振うことになる。
彼ら自警団の中にリリアの姿が見あたらず探していたためである。右を見ても左をみても彼女はおらず、彼女が後方に下がって大人しくしているのならティレスとしては問題はない。
『だがもし先に行っていたら?』と懸念が彼女を襲う。もし先に進んで震源地に向かっていたら非常にまずい。
だがそれを自警団に聞くわけにもいかない。自警団の足止めをするか、リリアを探すかティレスは判断に迷う……
「もう、リリア……どこ行ったのよ……」
ティレスは親指の爪を噛みながながら悩んだ末、呪文を詠唱すると、ふわっと自身の体を宙に浮かせた。そして震源元の奥の部屋へと飛んでゆく。
◇◇◇◇◇
最奥の5番目となる部屋で龍児とリリアは青ざめていた。
「――いるかも知れねぇとは思ったが……ここで登場かよ……」
その部屋は今までの部屋よりさらに一回り広かった。壁端に並んでいる試験管のような装置は10メートルを軽く越えるものが10台は並んでいる。
この時点で嫌な予感は最高潮となっていたのだ。だが装置の中はすべて空であり、長い間使われていない様子である。
振動が響いてきたのはこの部屋の左隣だ。その隣へと続いている大きな入り口から巨大なミイラが顔を覗かせていた。
ゆっくりと龍児達のいる部屋へと入ってくると全身が見えてくる。全長10メートルもある巨体がのそりと動くが歩幅があるので一歩の移動距離は大きい。
あっという間に全身をさらした。肩から腕にかけて見覚えのある武者鎧、足の脛にも同様の鎧を。そして両手にはロングダガーを携えている。
ダガーといってもそれはこの化物の大きさから見てだ。実際には3メートルは軽く越えている代物である。
龍児達の目の前に現れたのは巨人兵だ。だが過去に見た2体の巨人兵とは異なり、体と頭の鎧は装着していない。
おかげで見たくもない皮と骨だけとなっている醜い顔を晒しており、それはどこからどう見てもミイラそのものでホラー映画を思い出さずにはいられない。
「まずい……」
龍児は自分のおかれた状況に焦りを感じた。彼の持っている武器は長剣の野太刀とショートソードだけだ。どちらも大型で硬いモンスターには向いていないのだ。
同じ長剣のバスターソードならまだ戦いようもあったかも知れない。だがその愛剣は曲がってしまって破棄したばかりである。つまり龍児には巨人兵と戦う術がない。
「龍児様、今の状態でアレと戦うのは……」
「ああ、分かっている」
現状としては絶対物理防壁を持つ巨人兵と戦う手段はマナイーターしかない。しかしその魔法は全魔力を失うこととなるので龍児に強化魔法を施すことができなくなってしまう。
加えてグレイトフルワンドの残り魔力は半分を切っている。マナイーターを発動しても時間内に龍児が倒すのは到底不可能であろう。
「くそう、上半身裸ってことはあの辺りには障壁は無いのに……どどかねぇ」
龍児は悔しそうに歯軋りを立てる。
「龍児様、ここは撤退したほうがいいです」
「確かに。何か対策が必要だぜ、このままじゃなぶり殺しだ」
リリアの提言どおり、龍児も撤退しかないとそう思った矢先のことだった。
巨人兵が先に動いた!
装備が軽装なためなのか、はたまたポテンシャルが高いのか龍児には分からなかったが巨人の動きは予想を越えて機敏であった。
振り下ろされた巨大なナイフの獰猛な牙が龍児に向かった。龍児は咄嗟に横へとダイブしてかわそうとする。
しかしダガーとはいえ巨人兵の扱う武器は魔法の武器である。直後に発生した強い衝撃波を龍児は背中から食らってしまう。
「ぐはぁ!」
龍児ほどのがたいでも衝撃波を食らえばその身は飛ばされてしまう。鼓膜が破れるかと思えるような圧力に四肢はもげまいと必死に抵抗した。
床に叩きつけられて転がる龍児。かつて刀夜も食らったソレは龍児の想像を絶した。だが武器がダガーだけにその威力は刀夜が食らったものよりははるかに小さめなのである。
「やべぇ……これはまともに食らったらヤバすぎる!」
自分の体が動くかと顔を上げたときだ、彼の目には元々立っていた場所が映った。そしてそこにリリアの姿がないことにゾっと血の気が引く。
「……リリア」
キョロキョロを辺りを探す……そして入り口の壁端に白い衣装を着たピンク髪の少女が倒れているのを見つけた。
「リリアァァァァーッ!!」
部屋に龍児の悲痛な叫びが木霊した……
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