第368話 教団の切り札?

「どうやら自警団のほうは決着がついたようだな」


 自警団の被害はそこそこでたようだが、ここまでくれば難なく勝利を得るだろう。


 となれば彼らがここに来るのは時間の問題となるので、早々にボドルドと交渉して帰る約束をとりつけなければならない。


 そして帰れる日までボドルドが彼らに捕まらないよう護衛しなくてはならない。そして敵は自警団だけではない。マリュークスも敵なのだから。


 刀夜がボドルドと交渉に入ろうとするが先に口を開いたのはボドルドであった。


「はたして、それはどうかな……」


「…………」


 ボドルドの意味深な発言に刀夜はまだ何かあるのかと勘ぐった。


 突如、教団の面々が戦闘を放棄して奥の部屋へと逃げ出す行動にでる。逃げたところでこのような渓谷の研究所からでは逃げれるものではない。


「引くだと?」


 今さら引いたところで残った人数で建て直しなど不可能なはずである。なのにこのようなタイミングで引く……


「時間稼ぎか?」


「そうじゃな」


 ボドルドは他人事のように笑って答えた。


 彼らを指揮しているのはボドルドではない。先ほどまでこの部屋にいた司教のような男である。ボドルドが関係を断っている以上、彼がこの教団のトップということであり、ボドルドは単なる象徴の役に徹していた。


 彼は教団の祭りごとに興味などないのである。とはいえさすがに今回はこの場所を放棄せざるを得ないのでこうして状況を見守っている。


 彼にとって重要な資料や資材はすでに次の拠点に移し済みだ。したがって他にやることはなく、成り行きを傍観するのみである。


 教団側の殿が倒されると自警団は次の部屋へと突撃した。だが突如その入り口が爆発して先頭集団が巻き込まれた。激しい衝撃と鼓膜が破れんばかりの音が彼らを襲う。


 巻き込まれた突撃部隊のメンバーが吹き飛ばされると無惨な姿へと変わり果ててしまった。直撃を受けなかったものでさえうめき声をあげて床にのたうち回っている。


「なんだ!? 何が起きた!」


 レイラは慌てて自分の部隊を後退させるよう指示をだした。


 勢いに乗って彼らと供に突っ込んでいたら間違いなく巻き込まれていた。自分の部隊の壊滅した状況を想像するだけでも冷や汗がでそうだった。


 煙が途切れると奥の部屋の真ん中に魔法使いが一人でぽつりと立っている。そしてその魔法使いは手にした杖を自警団に向けていた。


「魔法使い! ボドルドの弟子とかいう奴か!」


 自警団内でどよめきが起こり、誰も突入しようとしない。当然だ彼らは初めて爆裂魔法を見たのだ。たった一撃で数名の仲間の体が爆散してしまうその威力の前に恐怖しない者などいない。


 彼らからすれば見た目は少女でもその存在感は巨人兵やドラゴンモドキに匹敵する。魔術師が呪文を唱えだすと彼女の足元に魔方陣が現れてどこからとなく風がまとわりつくように吹き荒れた。


「矢を放て!」


 近寄ることすらできない自警団は遠距離攻撃にて対処に乗り出した。本来ならば魔術師相手ならば近接戦闘に持ち込むべきだ。


 特に自警団側は数はいるのだから小を切り捨て勝利を得ればよい。はたから見ている刀夜はそのように戦術を組み立てる。


 しかし、現場にとっては爆裂魔法に委縮してしまっている団員にそれをしろと言っても難しい話である。


「てぇーッ!!」


 号令と供に一斉にクロスボウガンから矢が放たれた。しかし魔法が繰り出した吹き荒れる風に悉く弾かれて届きそうになかった。


「――自警団…………」


 彼女がぼそりと呟くと周りの空気が一気に重くなり、ただよらぬ雰囲気を放った。睨み付けてくる彼女の怒りの目はそれだけで人を殺しかねない。


「お前らが……あんな連中をのさばらしにしているから……この腐ったゴミ集団め!」


 魔法使いティレスはその手にした杖を、あたかも標的はお前だといわんばかりに自警団へと向けた。


「いかん! 攻撃魔法くるぞ! 回避ぃー!!」


 先頭をきっていた部隊から命令が下るがすでに遅かった。


「我が身に纏いし大気の素よ、我が声に従え! シルフフルト、バルモスバルモス、エイレェーン! 集えッ!! 放てッ!! エアロ・バースト!!」


 見たこともない複雑な魔方陣が彼女の杖の先に描かれてゆく。その呪文はまだ原文が残る古代魔法だ。


 ジョン団長は即座に危険を感じるとその場にいたものを下がらせようとした。


「回避ー! 退避ー!!」


 ジョンが叫ぶと団員は蜘蛛の子を散らすかのようにわらわらと辺りの物陰に隠れようとした。だが圧縮されて球体化した風の刃の塊が放たれると逃げ切れなかったもの達が犠牲となった。


 塊が戦闘集団にを飲み込むと人はまるで粉砕機に巻き込まれたかのようにバラバラとなってゆく。そして塊が床に落ちるとバンと音を立てて刃物のような風を四方にまき散らせた。


 逃げて物陰に隠れた団員たちは横からその刃を受けてさらに被害を広げることとなる。たった一人の魔術師の出現により自警団は想定していた人員被害を越えてここだけでも20名近く戦死者をだしてしまった。


 だからといってここまで来て撤退などできるはずもない。なんとしても結果を出さなくてはならない。でなければ人類はまたモンスターの驚異さらされることになるのだから。


 ――ズウウウン……


 突如、大きな地響きが研究所内を揺るがした……

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