第366話 伊集院誠也
砦を突破した自警団は山をくり貫いたようなモンスター工場の入り口へとたどり着いた。ジョン団長はここで一気に全軍を投入、巨大な門の前を制圧に乗り出す。
部隊が中央から扇状へと雪崩れ込むと待ち構えていた教団員との大乱戦となってしまった。
入り口前には資材や妙な壊れた装置が散乱しているため自警団は陣形を組むことはできない。仕方なく散開して個々で戦うしかなかった。
龍児の野太刀は長いためここでは振るえず、仕方なくショートソードで応戦にする。
「キエーッ!」
教団の男が刃物を構えて飛びかかってきた。龍児はさらりとかわすと同時にカウンターパンチを繰り出す。
龍児のゴツい拳をモロに顔面に受けた男は地面をゴロゴロと転がって一発KOで失神してしまった。
「きえやーッ」
反対側から変な奇声をあげて斬りかかってきた男の剣をショートソードで受けると絡めるようにして弾き飛ばす。唖然としている男の顔にパンチをぶちこむと、またしても一発で気絶してしまった。
「なんだこりゃ? こいつら弱すぎるぞ」
強敵やモンスターばかり相手してきた龍児にとっては訓練もできていない一般人など相手にもならなかった。
「リリア、ちゃんとついてきているか?」
「はい」
リリアは常に龍児の後ろについて行動していた。
「確か刀夜は施設の最奥のてっぺんから侵入していたよな」
「はい、このずっと奥ですね」
龍児はニカリと口元だけで笑ってリリアを見た。リリアは龍児が何を言わんとしたのか分かると笑みがこぼれる。
「こんな状況じゃ上からの命令なんてなかなか届かないよな」
「はい!」
「中に入ったら一気に奥へと行くぞ」
「はい!」
龍児は命令など無視して刀夜の元へ行こうと言ってくれているのだ。
「あのバカヤローのアホな勘違いを正してやろーぜ。そしてリリアが望むなら俺たちの世界に連れてゆけるよう説得しよう」
「龍児――さま……」
リリアの目に涙が溢れてくる。
龍児の気遣いがとても嬉しかった。
◇◇◇◇◇
「陥落は時間の問題か……」
ボドルドの前には大きな鏡が置かれ、そこには門内の様子が見下ろすように映しだされていた。モンスターはともかく教団の連中は戦力としてはゼロに等しい。
「なぜ連中に力を貸してやらないんだ? あんたの作った教団なんだろ?」
刀夜は思った疑問をそのままぶつけた。彼の手足である教団を失えば困るのはボドルドではないかと。
「わしの? 違うな教団はワシが作ったものではないし、彼らとたもとを分けてもう80年になる」
「?」
刀夜はてっきり教団はボドルドが作ったものだと思い込んていた。
「元々ここの施設はワシの研究所の一つだ。彼らの先祖はワシの研究の手伝いをする助手であった」
この世界の人々の祖先は地球人のクローンだ。ボドルドはそんな彼らを使って時には助手であり、時には研究材料としていた。
「クローン人間を助手に?」
「ふふ、帝都を見てきたか」
「あぁ……」
「であればこれから起こることはある程度承知か?」
刀夜は頷いた。
「ではお主がこの世界の救世主として何をなすべきか分かっておるな……」
刀夜は再び頷く。
「ならば良い。彼らは助手としてよく働いてくれたが世代を重ねるうちにワシを神のごとく崇めるようになってしまった」
「永遠の命と魔法と知識の由縁ですね。だが、あれだけ人数がいれば異を唱える者もいたのでは?」
「刀夜……よく覚えておくがよい。それはお主が日本の教育を受けたからくる発想なのじゃ、彼らは基本的に外を知らん。他の考えを知らぬのだ。だからその考えに至らないのだ」
つまり教団は彼ら自身がボドルドを崇めて作り出したものということになる。破滅的な考えはボドルドの先住民虐殺からきていたのだろう。
だがその教団はどんどんと大きくなり外の人間も混じるようになると、その目的すら狂い始めて、わけの分からない存在へと変貌してしまったのだ。
「だから切り捨てるのか?」
「元々ワシが作ったものではないし、惜しむような感情もない」
「あくまでも魔法研究のコマでしかないと……」
「そうじゃワシにとって魔法研究こそがすべて……これまでも……これからも……」
そうボドルドの目的はぶれていない。あくまでも自身の魔法への研究欲がすべてなのだ。
「彼らを作ったのはマリュークスですよね」
「そうじゃワシは一切関与しとらん」
「マリュークスはなぜ彼らを作ったのです?」
刀夜にとってマリュークスの考えが一番分からないのである。彼はクローンを使って人類を増やしておきながら今度は滅ぼそうとしている。
彼の身になにが起きたのか、どうして心変わりをしてしまったのか……
「奴は耐えられんかったのじゃよ。この世界の先住民達を絶滅させてしまったことに……苦しみ、もがき、最後には自暴自棄となってしまった。彼の優しさが裏目にでてしまったのだ」
「だから贖罪として帰る組の人体を使ってクローンを製造、人口を増やし、教育を施して償ったつもりになったと……」
「愚かなやつよ……そんなことで自身の心を救うことなどできないのに……結局ヤツは再び耐えられなくなった……」
「そしてこの世界に破滅を願った……だから封印……なぜ殺さなかったのです?」
封印などとまどろっこしい事をせずとも、そのような危うい存在など消してしまえばいい。先住民を虐殺するほどの男がたった一人を殺せないわけないのだ。
「あれでも元はわが親友なのだ……広く深い知識、誰にでも寛容で明るく差別を嫌っていた。ワシはすぐに彼の事を好きになったよ」
「確か伊集院誠也……」
その名はドーム内の資料に載っており、またその時に見つけた彼のクローン育成日誌があったのだ。それは脳内が空白状態のクローンからどうやって人にするかという涙ぐましい努力の記録であった。
「そう、そして私はモハンマド・クマール・カーン。当時、彼とは20年からの付き合いになる」
「カーン……イスラム系? かなりの地位ですね」
「ふふん、よく知っておるではないか」
「ワシは誠也を尊敬しておった。壊れた彼を不憫に思って何度か楽にさせてやろうともした。だが……できなかった……殺せなかった……」
ボドルドは口惜しそうに自身の唇を噛み締めていた。親友を助けることができなかった自身への怒り……苛立ち……悲しみ……
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