第365話 研究所への侵入

 龍児とリリアが戦っていた間、刀夜は崖を登りきって最上階の窓に手をかけていた。これほどの高さを登るのは刀夜にとって未体験ゾーンである。


 彼の通うジムでの訓練用の壁は6メートルほどの高さしかなく、登山でも10メートル程度しかやったことがないのだ。


 フリークライムでは高さより速さを求められるゆえんであるが、体力的にはもっと登れるのは感じていた。しかし実際のところどこまで登れるのかは本人でさえ分からないのである。


 ビルクライマーで有名なアラン・ロベールは400メートルを越えるビル群を素手で登る猛者だ。


 だからといって自分もできるというのはおこがましいものではあるが、ただビルを登るのと崖を登るのとでは難易度は大きく異なる。


 加えて刀夜はロープやハーケンを駆使して休憩をとりながら登っていたので休憩さえ取れれば十分行けると確信していた。


 そしてそんな彼の苦労はようやく報われることとなる。刀夜は窓から施設内へと侵入に成功した。


 転げ込むように部屋へと侵入すると上向きで寝転がって激しく息を切らせた。


 休憩を入れていてもさすがにキツかったのだ。もはや指の力はヘロヘロ状態で拳銃の引き金を引けるか怪しいほどである。


 呼吸を整えて辺りを見回してみた。どうやらここは岩をくり貫いて作った部屋のようで寝転がっているとひんやりと肌寒い。


 部屋には特になにも置いてなあたり倉庫なのかも知れない。奥には木の扉があり、そこから出られそうだ。


 刀夜は身を起こして脇のホルスターから銃を取り出した。扉に耳を当てて外の様子を伺うが、とりわけ何の音もしない。


 慎重に扉を開けて外に出ると廊下に出た。廊下も部屋と同様に岩をくり貫いたような作りだ。天井にあるシャンデリアのようなクリスタルから光が差し込めている。


 恐らく外の明かりを取り込んでいるのだろうと刀夜は想像した。明るさが明るくなったり陰ったりしていたからだ。もし魔法や蝋燭などの光源なら一定の明るさのはずだ。


 しかしクリスタルの間隔は広く、加えてさほど明るくないので廊下は暗くて不気味なことこの上なかった。


 刀夜は足音を殺しながら廊下を突き進む。あちこちに部屋があるが刀夜は無視した。このような場所にボドルドや幹部の連中がいるはずがないからだ。


 やがて吹き抜けの螺旋階段へと出た。はるか下からは教団員と思わしき連中の声が聞こえてくる。上への距離はもうあまりないようである。


 刀夜は上へと階段を登りだした。


 最上階の一つ手前ほどで奥から微かに声が聞こえてくる。刀夜は最上階には行かずにその階の廊下を進む。先ほどの廊下と違ってここは非常に明るい。


 やがて廊下の雰囲気が変わった。岩をくり貫いたようなものからもっと人工的なものへと変貌した。


 木製の廊下だ。床には絨毯が敷いてある。刀夜はビンゴだと心の中で呟いた。


 やがて目の前に豪勢な装飾が施された扉に出くわした。声はこの中から聞こえてくるので刀夜はそっと扉に耳を当てた。


『――もはや我々だけの力だけでは自警団の勢いは止められません。どうか力を貸していただけませんか?』


『…………』


 音の反響から喋っている者は扉からずいぶん離れているようだ。


『なぜですか? 教団を作ったのはあなた様ではないですか、なぜ我々をお見捨てになるのです?』


『…………』


 どうやら部屋には二人しかいないようだ。会話の内容からして一人は教団幹部、もう一人は恐らくボドルドだ。


 刀夜はついにボドルドを見つけたのだと思うと心が打ち震えた。そっと扉を開けて中を覗いてみた。だが何か衝立があるため肝心の奥が見えない。


 刀夜は大胆にも部屋の中へと忍びこんだ。部屋はかなりゴージャスな作りで恐ろしく広い部屋だった。


 入り口付近にはパテーションがいくつか立てられており、色々と大きな木箱が積み上げられている。恐らくこれらを目立たないようにするためにパテーションを配置したのだろう。


 刀夜はうってつけの場所だとその影に隠れて様子を伺った。部屋は大きな一つ部屋であり、その中にベッドや机、棚、風呂など生活に必要なものがすべて置いてあった。


 実に変わった部屋だった。これで部屋が狭ければ究極の引きこもり部屋である。


 部屋の真ん中に白い丸テーブルがあり、その側に老人が立っている。後ろ姿だけだが長い白髪に白いローブを着ている。


 その後ろに教団幹部……いや恐らくトップの男だろう。豪華な司祭のような服を着て膝をついていた。


「どうか……お力添えを……」


「くどい。ここの役目はもう終わったのだ。お前たちの存在も含めてだ」


「そ、そんな……」


「下がれ、生き延びたければあがなうが良い。さすれば『もし』もあるやも知れん」


「……はっ……」


 司祭のような男は立ち上がり、肩を落として部屋から出ていった。老人は白いテーブルの側にあったロギングチェアーに腰をかけると一息ついた。


「さて、もう二人だけだ。連中はもう来ない。出てきたらどうだ刀夜?」


 老人は隠れている刀夜に声をかけた。知っていたかと刀夜は立ち上がると、ゆっくりと彼の元へと足を運んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る