第364話 英雄の誕生

 龍児は刀夜に負けたくない一心で無謀にも敵のど真ん中に踊り出てしまった。すでに退路もない状態である。


 そして今さら冷静になると浅はかな自分の行為を呪った。


 しかし、今の龍児にそんな感傷に浸っている暇はない。即座に今、自分が何をしなければならないか、頭で考えるより先に体が反応した。


 砦の門に鍵をかけようとしたモンスターの首を跳ね飛ばす。


 門を閉められたら完全にアウトだ。宙を舞うポークの頭がくるくると回転し、モンスター達の中央へとボトリと落ちる。と、同時に周りのモンスターが一斉に龍児に遅いかかってくる。


 襲ってくるモンスターの大半はリビッツ、ポーク、見たことのない犬、そして慎重が3メートルは越えていそうなサバトの雄山羊のようなモンスター。


 角がぐるぐる巻いているあたり山羊というより羊にも見えなくともない。このモンスターは幅の広い剣と盾を持っているので厄介であった。


 そしてリビッツもクロスボウガンを持っており、これも脅威である。知能の高いモンスターは道具を使うので厄介なのだ。


 龍児はなんとか門に鍵を仕掛けられないよう死守したいところだが多勢に無勢、まともにぶつかったら龍児といえど一瞬で潰される。


 龍児は仕方なく手薄な右のリビッツに向けて刃を振りかざし薙ぎ払った。いとも簡単に両断されてしまうリビッツ。


 包囲網にできた穴から龍児は外に飛び出した。追いかけてくるモンスターに振り向きざまに薙ぎ払いで威嚇する。同時に周りのモンスターの動きを確認して囲まれないようバックステップで距離を稼ぐ。


 さらに横からモンスターが襲ってくと足を止めて野太刀を振りかざす。すぐに足を動かしてして常に止まらないよう動いた。


 以前の愛剣、バスターソードではこうはいかない。バスターソードより軽い野太刀なら振り回されずに済む。さらに切れ味が高いので触れれば簡単に敵を切り裂く。


 だがそんな野太刀にも欠点がある。敵の重量系武器は受けてはならない。簡単にへし折れてしまうため、かわすしかなかった。


 そのため龍児の動きはこれまでにない動きとなっていく。



 だが龍児が門から離れたためにリビッツが門の鍵を閉めようと動いた。


「くそう!!」


 門を閉められたら救援は絶望的になる。だが今にも囲まれてなぶり殺しに合いそうな状況ではどうにもならない。


 その時背中から激痛が走った。龍児はリビッツのボウガンを背中に食らってしまった。幸いにも急所は外れていた。


「これだから飛び道具持ちは嫌いだぜ! くそったれめ!」


 龍児に傷を追わせたリビッツは龍児の刀で串刺しにされ、刀を振り払われて野球のボールのように飛ばされる。


 飛ばされた先は雄山羊だが、まるでゴミを払うかのように手にした巨刀でリビッツを払い潰した。雄山羊はその勢いで龍児に巨刀を水平に振り払うが、龍児はこれを体ごとのヘッドスリップでかわした。


 だがその時、刃がかすかに龍児の頭をかすめると彼の中のスイッチがカチリと入る……


◇◇◇◇◇


 猪頭のポークとリビッツが門に鍵をしようと近づく。僅かに開いている門の扉を押して閉めようとした瞬間、扉が跳ねて吹き飛ばされた。


「押せ押せーッ!」


 門の外では自警団の団員達が一斉に扉に体当たりをすると、扉の内と外で押し合いが始まった。

 砦の外のモンスターはほぼ壊滅しており、手の開いた者から順に扉の確保へと走ったのだ。


「突撃ィー!! 龍児を死なせるな!!」


 アラドが声を張り上げると彼自ら扉へと向かう。扉の奥からは龍児の雄叫びが唸り、彼がまだ奮闘していることを告げていた。


 本来なら後方で指示を出すべき立場にあるアラドであったが、龍児の奮闘に心を撃たれ、いてもたってもいられなくなった。かつて先陣を切っていた若かりし気合いがこの年にもなって次から次へと沸き起こっていた。


 第二陣の集団が扉に体当たりを試みるとついに扉を押していたモンスター達を押し退けた。


「いまだ! 突貫ーッ!!」


 声を張り上げるアラドを筆頭に開いた隙間に自警団が雪崩れ込む。突撃した団員たちは扉を死守しようとしているモンスターと激突する。


 そなような最中、アラドは門の前でポツリと立ち尽くす。彼の目に写ったのは血まみれとなって気迫の戦いを続ける龍児の姿だ。


 大きく開けたその大地には肉塊と化したモンスターの死屍累々が散らばっている。バラバラになったモンスターもいるが軽く見積もっても100を越えるのではないかと思えた。


 龍児は門を突破した自警団に気がついていないのか振り向きもせず、鬼のような形相でモンスターを相手にしている。


「彼は鬼神か!」


 アラドにとってそれは初めて見る光景だった。数々の戦場を経験したがたった一人でこのような闘いをした者など見たことがない。


 これほど一騎当千の言葉が似合う男がいるだろうか……あのブランでさえこのような光景を作り出したことはない。記憶を辿るアラドの心臓は大きく鼓動して胸が高まった。


「すばらしい……わたしはいま英雄の誕生を目の当たりにしているかのようだ……」


 周りの状況などお構いなしに龍児の戦いぶりに釘付けとなってしまう。


「ヒール!!」


 遅れて入ってきたリリアが傷ついている龍児に回復魔法を施した。青白い光に包まれて龍児の傷がみるみる治ってゆく。


 そのお陰か、龍児はようやく我に帰る。辺りを見ればいつの間にか仲間たちが砦を突破しているではないか。


 しかも砦の上ではこの辺りのモンスターを操っていた触手の合成獣を倒している姿も目についた。統制を失ったモンスターはバラバラな行動となったため格好の各個撃破の的となる。


「龍児下がれ! お前はもう十分にやった」


「隊長……」


「後は我々に任せるんだ」


 周りを見回せばもうこの場所での勝利は確信できた。


「そ、そうだ。ヤツはどうなったんだ」


 龍児は崖端へと近寄って工場施設の山の崖を見た。リリアも供に刀夜の姿を探すが何処にも彼の姿がない。


 迷彩のマントを羽織っていたとしても、この距離なら肉眼でも判別はできる。だがいくら探しても彼はいなかった。


「ま、まさか滑落したんじゃねーだろな……」


 言い得ぬ不安が二人に襲いかかってきた。龍児はふと由美なら終始刀夜を監視していたはずだと振り返って見る。


 由美は尾根道の崖側、先程まで皆でいた監視場からしきりに指を天に向けてジェスチャーを龍児に送っていた。


 龍児は再び振り返り、山の上を見ると最上階にある窓に、今まさに刀夜が手をかけようとしていた。


「あ、あんにゃろ、いつの間にあんなところまで!?」

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