第363話 最良のコンビ

 刀夜は無茶なクライムにも関わらず崖を登る速度は早かった。


 だが時折だが足をかける場所が悪いのか、リリアの危惧したとおり足に力が入らないのか、しきりに足をかけ直している。どちらにせよ見ていて危ういときがあるのは確かだ。


 なんとか持ち直して再びクライムに入るものの中腹にかかる頃にはかなりペースが落ちていた。


「あぁーッ、もうイラつくぜ!」


 見ている者ですら常に緊張感を強いられており、龍児が耐えられず声を上げた。


 その瞬間、刀夜が足を滑らせ滑落した!


「ひっ!」


「刀夜様!!」


 三人が青ざめ、リリアは両手で顔を隠した。だが刀夜はなんとか片手で耐えてみせる。


 刀夜の誤算は背中に背負っているリュックである。銃や弾薬と食料はむろんだが今回はロッククライミング装備としてロープ、ハーケン、ハンマーを持ってきていた。


 刀夜のクライミングは基本的に道具を使わないボルダリングが主である。だが今回は高さがありすぎるので道具を必要とした。


 そのためリュックの重量は15キロを越えており、刀夜の体力をゴリゴリと削ってゆく。


 刀夜は体制を立て直すとリュックにかけていたロープを取り出して輪をつくる。それを岩に引っ掻けてブランコのように座り休息を取った。


「はぁ~」と三人が揃って大きくため息を漏らす。


「心臓に悪すぎるわ……」


 その後も刀夜はロープを利用して登っては休息を繰り返してとうとう半分以上を登りきってしまう。


「このままじゃ刀夜君に先を超されてしまいそうね」


「あぁ、そうだな。ところで由美……」


「何?」


「いま、砦を攻略している部隊はお前の部隊じゃないか?」


 そう言われて由美は砦のほうを見てみると確かに戦っているのは自分の部隊だった。


「あ…………」


 由美は顔に手を当てて『やってしまった』と恥じた。彼女にしては珍しい失敗であった。


 由美は時間に厳しく遅刻などしたことはない。ましてや仕事をすっぽかすなどなかったのだが、デート事件から登山事件と立て続けに気になることが起きたため、すっかり忘れていた。


 見たところ今さら行っても遅いようだ。


「由美の部隊が終わったら俺達の出番だ。リリアはどうする? ここで由美と奴を見守るか?」


 リリアは龍児の言葉に首を振った。


「いえ、行きます。気にはなりますが見ていても何もできませんから……」


 リリアにとっては早く刀夜と会って誤解を解いて謝りたかった。


「わたしは今さらだからここで見ておくわ」


「じゃあ頼んだぜ」


 龍児とリリアはこの場を後にすると自分達の部隊に戻った。


◇◇◇◇◇


 最後の砦の抵抗はさすがにしぶといといえる。倒しても倒しても次から次へとモンスターが投入された。


 しかしながら投入されるモンスターの強さのグレードは明らかに下がっている。このまま行けば突破は確実だろう。懸念があるとすれば非常に強くて厄介な雄羊は健在であることだ。


 ジョン・バーラット団長はここが勝負時と判断すると現在戦っている2警の隊を下がらせる。変わって突破力のあるアラド分団長率いる1警部隊が前にでた。


 龍児が先陣を切って飛び出すと得意の薙ぎ払いで複数のモンスターの体が四散した。


「邪魔だ! 退きやがれッ!」


 さらに敵の懐奥に踏み込むと刀を返した。刀夜の作った野太刀が空を斬ると軽々とモンスター達を両断する。


「こんな所で足止め喰らってられねーんだよ! あの野郎に越されてたまるか!!」


 龍児の気迫の剣劇にモンスターはおろか味方も近寄れない。犬形モンスターが龍児の間合いを迂回して回り込もうとするが、リリアのプロテクションウォールの前に龍児の背後が取れない。


 彼の後をついて楔型陣形でレイラの部隊が突き進んでゆく。


「凄いな。あれだけ停滞していた戦線が彼一人でこうも変わるか」


 ジョンは改めて龍児のポテンシャルの高さに驚かされた。


 先程まで面と面で押し合うような戦線が彼を投入することで針で穴を開けたようになる。すると一気に堤防が崩壊してゆくようにその穴が広がってゆくのだ。


 穴を広げているのは龍児の所属しているレイラの部隊だ。すでに疲れて疲弊し始めている他の部隊と異なって明らかに士気が高い。


「彼らは龍児の戦いぶりに共感し、高揚しているのか……」


 それは今、龍児の戦いぶりを見たジョンが感じているものだ。戦っている者だけではない次の突入を待っている後続の部隊にもそれは伝わっていた。


 目が釘付けとなり、うち震える拳は早く剣を握りたがっている。今すぐにでも飛び出して彼と供に剣を振るいたい衝動に駆られた。


 目を見張るのは龍児だけではない。レイラに護衛されている純白の聖堂院見習いの服を着ている彼女の動きも素晴らしいとジョンは感じた。


 杖をかざして詠唱なしで的確に彼らのサポートを行っている彼女。魔術師の天才と呼ばれる彼女はかつて巨人戦でその名を轟かせた。


 その彼女は常に全体を見回して事態が危うくなる前に魔法を行使している。


 そんな彼女を信頼しているのか前線に出ている者は相手が格上でも怯んだりはしない。そしてその期待に答えるかのように彼女は彼らをサポートしていた。


「見事な連携だ……」


 この二人が部隊の力を底上げしているのだとジョンは分析していた。


 龍児の快進撃は止まらない。あまりにも早い龍児の進撃にこのまま門を開けておくのは危険度だと判断した教団は門を閉め始めた。


「させるかッ!」


 龍児は閉まりそうにな両開き門へとダイブするように飛びこんでしまう。


 それは誰が見てもあまりにも無謀であった。砦内の龍児は360度、モンスターに囲まれた挙げ句に退路のない状態となってしまう。

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