第362話 刀夜はいずこへ
「なっ!?」
「えっ!?」
龍児とリリアは二人の疑似デートが刀夜に知れ渡っていたことに驚きを隠せなかった。
「いや、しかし、あれはデートじゃないだろ」
まさか見られていたのかと龍児は焦る。しかしながら、ちょっと仲良さげにしてもらっただけであり、それが激怒されるほどのことなのかと疑問にも思う。
だがこの事で一番困惑したのはリリアだ。リリアとしては助けてもらったお礼のつもりだったので、デートという感覚はなかった。仮に知れたとしてもそんなに怒られるなどと思っても見なかった。
「そんなに怒ってらっしゃるのですか?」
リリアが涙目で尋ねる。怒らせるほど彼に不快な思いをさせてしまったことを後悔した。
「あなたたち、何かやったの? 彼の怒りかたは尋常じゃなかったわ」
由美も単に仲良く買い食いしていただけなら怒ったとしても刀夜の性格からすれば嫌みを言われる程度と思っていた。
龍児とリリアはそんなに激怒するような出来事などあっただろうかと頭を傾げるが思いあたる節はない。
「ともかく俺たちは怒られるようなことはしていないぞ」
「じゃあどうして……」
「そんなのは……」
龍児はふとリリアが押されて庇った件を思い出した。危うく焼けた鉄板にリリアが突っ込んでしまいそうになり、それを龍児が助けた一件だ。もし疑われるとしたらこの事件ぐらいしか思いつかない。
突如龍児の言葉が詰まったことで由美は思い当たる節があるのだとすぐに勘づく。
「何かあったのね?」
「え? いや、あれのことをいっているなら誤解だぜ」
龍児は魔法使いの嫌がらせのことを由美に聞かせると彼女は理解を示してくれた。リリアはその一件で誤解されるとは思ってもみなかった。
「あたしがうかつだったばかりに……」
「リリアのせいじゃないだろ」
「そうよ。でもこうなると早く彼の誤解を解かないと……でも、ここを通っていないのなら一体どこへ?」
刀夜は船が到着してすぐさま由美達より先に渓谷へ向かったのである。そしてこの渓谷の登山ルートは一つしかない。龍児が見逃したのか、目立つ龍児を迂回して先に進んだ可能性はありえそうだ。
「奴は何か言ってなかったか?」
「何かとは?」
「何しにここにきたのかとか」
「そうだわ、彼、自警団よりも早くボドルドに会わないとと言っていたわ」
「自警団より早くだと?」
「でしたら変です。自警団と同じルートで進んでいたら自警団より早くは無理なのでは……」
リリアが即座に答える。同じルートを使っていたら仮に、先に会えたとしてもじっくりお話をしている暇はなくなるだろう。
「ヤツはどんなカッコしているんだ?」
ここは最前線なので民間人は例外を除いて立ち入り禁止となっている。今回の例外は魔術師ぐらいしかいないのだから、他の服装をしていたら目立つし、捕まって追い返されるのがオチだ。
となれば変装しているはずだが、自警団の服は支給品なので一般では手に入らない。であれば魔術師のふりをしていかも知れないと龍児は読んだ。だが……
「刀夜君は灰色のフード付きマントをしていたわ。その下にはリュックを背負っているようだった。服は緑色よ」
龍児の勘は外れてしまった。そのような浮いた姿でここでウロウロしていれば目立つことこのうえ無い。
しかもリリアのいうとおり、自警団と供に行動をしていたら先にボドルドに会うのは難しい。では刀夜はどこへいった? どうやって先にボドルドと会うというのだろうか?
「まったく、いつもいつも意表を突くようなことばかりしやがって……」
思わずこぼしてしまった愚痴であったが、自身の言葉に何かが引っ掛かった。
「…………意表…………アイツが好むような意表……」
龍児の脳裏に刀夜との過去の出来事が走馬灯のようにかけ巡ると、この世界にきたばかりの頃を事を思い出す。
「ま、まさか……あの野郎、ショートカットする気か!?」
「ショートカットってまさか……」
由美も龍児の言葉から彼と同じ想像が浮かんだ。
「ショートカットって何ですか?」
リリアは意味がわからず尋ねる。ニュアンスから刀夜が別ルートからボドルドへと向かっていることは理解できたが、この険しい山でそのようなルートがあるのだろうか。尾根道ルート以外は断崖絶壁なのだ。
「説明は後だ。確認したほうが早い。行こうぜ」
龍児は立ち上がってリリアに手を差しのべると彼女はその手を取って腰を上げた。
向かうのは尾根道が少し横に出っ張っている場所である。そこから工場までの尾根道は高低差がなく、道が少しカーブしているので敵の砦の裏側から工場の入り口まで丸見えとなってしまう。
自警団はここに敵の動きを監視する小隊を配置していた。龍児はそんな彼らの邪魔にならぬよう後ろから工場を眺めた。
尾根道は山をくりぬいたような工場の入り口まで延びている。その山の絶壁側には小さな窓らしき穴が無数に空いていて山の中に施設があるのは間違いない。
その絶壁のはるか下には川が流れており、この川が龍児たちが渡ってきた川と合流していた。龍児は望遠鏡を取り出してその崖を覗いて探してみる。
「いた! 奴だ!」
「ど、どこ?」
「……刀夜様……」
二人も望遠鏡を龍児と同じ方向に向けると顔までは判別できないが、誰かが岩壁に張り付いていた。それは灰色のフード付きマントを着用していたので刀夜で間違いはないのだが、マントが迷彩となって岩と見分けがつけにくい。
肉眼ならばまず見つからないだろう。彼はこの絶壁を命綱なしのフリーハンドで登るという暴挙にでていた。
「あのバカ、あの絶壁を素手で昇る気か!? 何百メートルあると思ってやがるんだ!」
刀夜が登っている垂直の絶壁はゆうに400メートルを軽く越えており、到底正気の沙汰とは思えない。いくら刀夜の握力が桁外れでも上まで持つはずがない。
加えて刀夜の足腰は怪我の後遺症がある。
龍児の感覚では刀夜の怪我はまだ足を引きずっている頃の印象だ。リリアも同じ感覚である。しかし刀夜は痛みを堪えれば走れるほどには回復していた。
とはいえ後遺症はどうにもならないので踏ん張るは厳しい。しかも新たに拷問の後遺症ができていたので彼らの懸念したとおりフリークライムは危険すぎた。
通常、素手のフリークライムは10メートル以下で訓練や競技が行われる。ジムなどでは5メートル以下が一般的なのだ。
救いがあるとしたら斜面が反り返っている部分がなく、岩はあちこちに斜め筋に亀裂があるので手をかけやすいことだ。たが……
「教室の壁を昇るのとは訳が違うんだぞ」
「――いけない……刀夜様の足腰はまだ怪我の後遺症で踏ん張りが効かないんです」
リリアは青ざめた様子で刀夜の行為に危惧した。フリークライムのことは詳しくはないが彼のやっていることが無謀であることぐらいは分かる。
「じゃあ、あのバカは腕の力だけで登ってるってのか……」
「いくら先にボドルド会わなければならないからって、なぜ彼はあそこまでするの?」
由美には刀夜の行為が理解できなかった。だがそれは彼女だけではなく、龍児もリリアにも理解できないことである。
刀夜がここまでする理由には帝都で知りえた事実に起因していた。
刀夜達が元の世界に戻るためにはボドルドが捕まってもらっては困るのもあるが、それ以上に下手をするとこの世界の存在が破滅しかねないことを刀夜は知ってしまった。
そして自警団を焚き付けしまったのは他でもない刀夜自身である。今さら進撃を止めるよう進言しても聞き届けられるはずもないうえに、世界崩壊など突拍子もないことなど信じてもらえるわけない。そして説得する時間もなかった。
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