第361話 部隊合流

 自警団の戦いはますます激しさを増してきた。すでに渓谷の奥深くまで侵攻して、目的の場所らしき入り口が見える所まで進んでいる。


 その場所は山の絶壁に10メートルは越えると思われる両開き扉がそびえ立っている。現在攻略中の砦ごしにでもそれを拝むことができるほどの大きな扉だ。


 400年前に恐らくあの扉から巨人兵が溢れでて帝国を滅亡へと追い込んだのだろうと誰もが容易に想像できた。


 そう思うと今まさにまた現れるのではないかと想像してしまい足がすくんでしまいそうであった。その影響もあってかこの最後の砦の攻略が遅々として進まない。


 最大の原因は敵の中にこれまでとは明らかに強さの異なる初見のモンスターがいることだ。見た目は全長3メートルほどのサバトの雄山羊だが角は羊のように巻いている。


 だが特筆なのはその手にしている分厚い剣である。力が強くこれを振り回しながら突撃してくるのだ。近接戦闘は分が悪く、飛び道具で対処しようにも硬い体毛と突進力になすすべが無かった。


 次々と負傷者が続出し、魔術師は治療で大忙しとなった。治癒の甲斐もなく死体が増えてゆく。


 アラドの第1警団は後続からやって来た部隊と先方を交代して後方に下がる。すでに数戦を済ませており、砦前は味方と敵の遺体で死屍累々である。


 交代した部隊も次々と投入されてくるモンスターにかなり苦戦を強いられた。自警団も次々と部隊を投入しているにも関わらず砦は落ちる気配がない。


 攻略が進まない原因はもう一つある。この狭い領域では一度に戦える人数に限度があるためだ。それゆえ個人の技量が戦果に大きく影響している。


 トップバッターで乗り込んできた龍児達はこの渓谷の尾根道にてすでに3日目を過ごした。補給路は確保できているので物資面では心配ないが人員はどうにもならない。


 龍児は最後尾にて味気ない戦闘食をもそもそと口にしながら昼食をとっていた。


 いつ戦いが終わるのかと皆が疲弊している。誰もが無口となり、上陸時の気合いなどどこへやらといった重い雰囲気が漂う。


 龍児はチラリと横目で隣に座って同じ食事をしているリリアに目をやった。いつも笑顔を見せるリリアも相当疲れているのかその表情は重かった。


 無理もないまだ14歳の彼女にとってこのような戦場に駆り出されることのほうがおかしい。残虐な光景を目にしても耐えているのはプラプティの経験があるからかも知れない。


 しかし、そのような慣れがあったとしても疲労はどうにもならない。神経が磨り減る。死にゆく兵士を前に無力を感じずにはいられない。


 リリアの表情はそう物語っていた。刀夜が激怒して自警団に乗り込んで直談判したのも頷ける話だ。自警団団員ですらこの状況に平然とできるのは熟練者しかいない。


「リリア、大丈夫か?」


「はい。龍児様もお体は大丈夫ですか?」


 そういってリリアは龍児に頑張って笑顔を向ける。


 そんな笑顔を向けるリリアに龍児は智恵美先生の面影が被った。


 彼女もこの理不尽な世界に突然放り出されて、必死に教師としての使命をまっとうしようとして無理して笑顔を作っていた。


 その無理は徐々に彼女の心を蝕み、山賊に襲われたときに爆発してしまった。彼女の最後は殺されそうになった拓真を庇ったという……


 拓真は自分のせいだと悔やんでいたがそうではない。彼女の異変は龍児が真っ先に気がついていたのだ。


 なのに「大丈夫」と、その言葉を鵜呑みにして彼女のことを放置してしまった。彼女の死を防げれるのは自分だったはずなのにと、龍児は今でもそのことを悔やんでいる。


「俺は全然余裕だ」


 龍児は腕をぐるぐると回して平気であるとアピールしてみせた。


「それよりリリアこそ、気分とか心が辛くないか?」


「え? まぁ大丈夫です……」


 同じ過ちを再び引き起こしたくないと龍児はリリアを気遣う。


「本当にホント大丈夫か?」


 念入りに訪ねてくる龍児にリリアはなんなのだろうかとタジタジとなってしまう。だが自分の身を案じてくれていることは伝わると龍児に再び笑顔を送る。


「大丈夫ですよ。ですが、そうでねー欲を言えばそろそろ温かくておいしい食事がしたいです」


 龍児はいつもどおりのリリアだと感じた。


「あと……エイミィが泣いていないか心配です。夜泣きしていなければ良いのですが……」


 自分より人の心配している辺り、これもいつもの彼女だと特に変わった感じはしなかった。


「……あとは……と、刀夜様に会いたいかなー……」


「…………」


 少し寂しそうにするリリアに龍児は妬けたが、彼女のメンタル面は特に問題は無さそうであったことに安堵する。


 リリアは連戦が続いたことで刀夜のことを考えている暇がないことが幸いした。しかし一旦休憩となるとどうしても考えてしまう。


 そこにぞろぞろと新たな後続隊がやってきた。川を渡ってきた第4陣が渓谷を登ってきたのだ。


「お、最後の部隊の到着だ。これで俺達も少しは楽になるかな……」


 龍児はこれ幸いと話の流れを変えた。


「確か最後の部隊は由美様ですよね」


「あぁそうだ。居るかなアイツ……」


 二人はキョロキョロと由美を探した。そして彼女を発見すると由美も辺りをキョロキョロと誰かを探している様子だった。


「おーい、由美ぃー」


 龍児は彼女を呼んで手を振ると由美も龍児を見つける。


「龍児君、リリアちゃん!」


 由美は部隊の隊列から抜けて岩影で休んでいた二人の元へと歩み寄った。


「ここにいたのね」


「ご苦労さんだな。岩山険しかっただろ?」


 和やかに話しかける龍児であったが由美は重い表情を向けていた。龍児の様子だとどうやら刀夜がきていることを知らないようである。


「ずっとここにいたの?」


「あぁ、休憩に入ってずっとここだが?」


 由美の様子が変なことに龍児は気づく。彼女の表情は重く、少し辛そうにも見える。山を登ってくるのがしんどかったのか、標高が高いから高山病も考えられる。


「どうした? 具合でも悪いのか?」


 由美は少し考え込むような素振りを見せると龍児に念のため尋ねてみることにする。


「ねぇ、あたし達の部隊が登ってくる前に刀夜君を見かけなかった?」


「はぁ?」


 龍児の驚く様子から彼は見ていないのだと由美は感じとった。リリアも驚いた様子で由美を見ているので間違いないだろうと確信する。そうなると刀夜はどこに行ったのだろうか?


 山道はこの一本しかない。龍児たちと会わずにすれ違ってしまったのだろうか?


「刀夜を見なかっただって? どういうことだ? 奴がきているというのか?」


「来てるのよ! しかも二人が街でデートしていたこと知っていて物凄く怒っているのよ!」


 二人はなぜ刀夜がそのことを知っているのかと青ざめる。

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