第360話 困惑の由美

 シュチトノの砦にて帝国首都から帰還した刀夜は急いで装備を整えると自警団の集合場所へと急いだ。そんな彼の傍らにアリスの姿は無い。


 自警団の部隊はすでに第3陣までの部隊を渓谷へと送っており、次の部隊で全部隊が送れることとなる。


 その第4陣の部隊はピエルバルグの2警が大半で由美の姿もそこにあった。刀夜は補給物資の作業員として潜りこもうと交渉していたところを由美に目撃された。


「と、刀夜君!?」


 見覚えのある後ろ姿と声で由美は彼が刀夜だと気がついた。てっきりピエルバルグにいると思っていた由美は驚くと共に、なぜここにいるのかと疑問が沸いた。


「ん?」


 名前を呼ばれて刀夜は振り返ると、彼の顔を見た由美は大きな衝撃を受けた。


 額から口元までまるで頭が割れたような大きな傷跡に一瞬人違いかと思った。だが誰も真似しょうもないゲゲゲヘアーと名を呼ばれて反応したのだから刀夜以外の何者でもない。


「由美……まだ渓谷には行ってなかったんだな。もしかしてこの便か?」


「ええ、そうだけど。刀夜君はどうしてここにいるの? それにその傷は……」


 由美に問われて思わず条件反射で傷口を手で押さえた。見られたくないなどと別に隠すつもりはないのだが、傷口の事を言われると傷が疼いたような気がしてつい押さえたくなる。


「ちょとな……」


「え、いや、ちょとなレベルじゃないように見えるえけど……」


「…………」


 二人の間に気まずい雰囲気が流れた……


 刀夜はべつに話しても良いのだが話が長くなりそうなので話したくなかった。それに話すほうも聞くほうも気分の良い話ではない。


 それに加えて、この傷は彼の敗北の証でもあり、人殺しの報いだと刀夜は思っている。


 傷を見られることは気にせずとも経緯はあまり晒したくなかった。


 刀夜との重い雰囲気はまるでそこに踏み込むなと彼がそういっているかのようだった。


「そ、そうだわ。出発時間までまだまだ時間あるからお茶でもどう?」


「あぁ、いいとも」


 二人は適当に近くの宿屋の酒場へと入った。そして出発時間がきてもすぐに分かるように外の見える窓際の席を取る。


「へい、なんにしやしょ」


「あたしはお茶を」


「ブラッドスクリューをくれ」


 ブラッドスクリューはアリスと飲んだ甘い果実酒のことで刀夜はそれが気に入っている。


「え……刀夜君、お酒飲むようになったの? あたしたちまだ未成年よ?」


「酒と言ってもジュースみたいなものだ。飲んでみれば分かるよ……」


「あたしは作戦前だから遠慮しとくわ」


 顔の傷の件といい、お酒を飲みだしたり、明らかに彼の様子は変わっていた。由美は何かとても嫌な予感に包まれ、正直いってどこまで踏み込んで聞いて良いのか分からずにいた。


「ええっと……刀夜君はなぜここに?」


「これからボドルドに会いにいくところだ」


「え!?」


「自警団より先にヤツと会って帰してもらうために交渉をする。場合によっては自警団とは敵になるかも知れん」


 刀夜の突拍子もない話に由美は目が点になった。自警団を敵に回すとはけして穏やかな話ではない。


「へい、お待ち」


 店員が頼んだ商品を持ってきて乱暴にテーブルに置いた。その音で由美は我に帰る。


「い、いったい何を言っているの?」


 このような場所で自警団を敵に回してでもとは、大胆な発言だった。由美は刀夜が何を言っているのか理解できそうになかった。


「由美……俺達の帰還の日は近い。俺達はもうすぐ帰れるんだ。その邪魔をするやつはすべて敵だ」


「自警団が邪魔をするというの?」


「場合によってはな……」


 もうすぐ元の世界に帰れる。地球へ帰れる。


 それは嬉しいことである。しかし……


「リリアちゃんはどうするの?」


「……彼女はつれて行けない。置いてゆく」


 刀夜はそういい放つと酒を一気に浴びるように飲み干した。

 彼女を連れていくのも、異世界メンバーがこの世界に留まることを許されない。その事実を刀夜は知ってしまった。帝都で知った真実には最初っから刀夜達に選択肢などなかったのだ。


「と、刀夜君!」


「何度も言わせるな。それにリリアはもう俺を必要としていない。彼女はもう自由だ」


「ちょ、とょっと!! そんなわけないじゃない! あの娘がどれだけあなたを慕っていると思っているの?」


「慕う? 違うだろ。守ってもらえるなら誰だっていいんじゃないか」


 その言葉を聞いて由美の中で一気に感情が爆発した。どうしてそんな酷いことをいうのか、なぜリリアの気持ちを理解してやれないのか?


 そんなもどかしい想いが彼女の腕をしならせた。


 パーン!


 渇いた音と共に刀夜の頬を叩いてしまっていた。高ぶる感情に呼吸が乱れて治まらない。


 叩くつもりなど無かったのに……


 叩かれた刀夜はキッと由美を睨み付けて吐き捨てるように忠告する。


「いいか、龍児のバカに伝えておけ。俺達とリリアは交わることは絶対にできない」


「え?」


「互いに相入れられない存在なんだ。変な夢を見たら火傷するってな……伝えとけ!」


 一方的にいい放って刀夜は怒って宿を出ていった。なぜここで龍児がでてくるのかと彼女には理解できずにポカンとしてしまう。


 宿屋を出てゆく刀夜の背中を目で追いながら、なぜ彼が怒ったのかそ理由となりそうな記憶をたぐり寄せる。


「う、嘘!?」


 そう、思いあたるふしは一つしかない。龍児とリリアの疑似デートしかない。聞いたのか見たのかは分からないが、そのことで怒っているなら彼の言動は辻褄が合う。


 由美は慌てて宿屋を飛び出したが刀夜の姿はすでに大勢の人混みで掻き消えていた。


「ど、どうしょう……」


 早く誤解を解かないとあの刀夜のことだ意固地になってどんどん状況が悪化するに違いない。由美は必死に刀夜が行きそうな所を考えた。


 確か刀夜は補給部隊のところにいた。ボドルドの元に行くといっていたからにはきっと戦場へと向かうつもりなのだと。


 由美の判断は正しかったのだが彼女が補給部隊の元に赴いたときにはすでに出発の時間となってしまい、自分の部隊に戻らざるを得なかった。


 出立の合図である角笛が砦に鳴り響いた。第4陣の部隊は刀夜と由美を載せて一路、渓谷へと向う……

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