第359話 渓谷の砦

 渓谷を進む自警団であるが常に山登りというわけではない。ある程度登りきったところで緩やかな斜面の岩も少ない場所にでると尾根伝いにそんな道が続いた。


 一気に奥へと侵攻してゆくが不気味なのは敵の攻撃がないことだ。ここまで攻撃がないと本当に工場はあるのかと疑いたくなる。


 だがしかし、ここに来るまでに大型系モンスターの足跡がいくつか発見されているので道は合っているはずなのだ。


 不安を抱きながら進むとついに砦らしき場所に到着した。高さ4メートルほどの防壁が彼らのゆく道を阻んでいる。


 右側は谷底に川が流れており、断崖絶壁となっている。高さは20メートルを優に越えているので落ちたらまず助からない。


 左も谷ではあるがこちらはまだ斜面で深くはない。だがそれでも深さは10メートルはあり、斜面の状態から落ちればまず上がってこれない。


 敵の防壁の前には全高5メートルほどのサイクロプスのような巨体で筋肉隆々のモンスターが二匹。そしてダチョウのような羽の生えているライオンのようなモンスターが8匹。あとは餓鬼のようなリビッツと猪頭のポークが多数待ち構えていた。


 そして防壁の上に触手の生えた合成獣が立っている。この合成獣は他のモンスターを操る力を備えている。本来なら連携などしないモンスターが共闘してくるのはこのモンスターが操っているからだ。


 そして触手モンスターの体には教団の者らしい青白い人の顔がある。


「やはり教団! 工場はこの方向で合っていたようだな!」


 レイラは少し興奮していた。モンスター工場を叩き潰せば新たなモンスターの驚異から人類は解放される。すでに大地に根付いて繁殖しているモノだけならばいつか駆除できる日がくるかも知れないのだから。


 それを実現するためにも目の前の敵をなんとかしなくてはならない。しかし見たこともないモンスターが二種類もおり、どのような能力を持っているのか不明だ。


 特に大型モンスターは巨人兵のイメージがあるので、特殊な能力を持っている可能性がある。仮にないとしても連中は鎧こそ着てはいないが大型剣を持っているので驚異であることは変わりない。


 レイラがどう戦うか悩んでいると龍児が声をかけた。


「あのデカブツは俺が殺ろうか?」


「ん? それは助かるが……怖くないのか?」


「いや、怖いか怖くないかと問われれば怖いさ。だが俺には目的がある。それにリリアの魔法があれば俺は何だってやれそうな気がするからよ」


 確かに強化魔法を使えばあの巨人兵さえ倒したのだから余裕で倒せるかも知れない。ただ今回の敵は雑魚とはいえ数が多く、いくら強化した龍児でも分が悪いように思える。


「あの龍児さま……」


「なんだ?」


 リリアは申し訳なさそうに龍児に忠告した。


「強化魔法は術をかけられた体に多大な負担をかけます。一度術を執行すると数日は開けておかないと2度目では思った以上に体にダメージがでてしまいます」


「それは本当なのか?」


 レイラは急に心配になってきた。


「はい。この手の強化系魔法はほとんどがそうです。ですからここで使用すると数日は使えなくなってしまいます」


 強化魔法で肉体を強化してもベースとなる肉体が超人になっている訳ではない。限界を越えた力を発揮すれば肉体がついてゆけず、それだけ負担がかかってしまう。


「無視して使うとどうなるんだ?」


「最悪は……死にかねません……」


「!」


 レイラは強化魔法にそのような弊害があるとは思いもよらなかった。いまここで使えばここのモンスターには対抗できよう、だがこの先更なる強敵が表れた場合、強化魔法なしで戦うことになる。


 レイラが悩んでいると龍児は軽快に答えた。


「よし、強化魔法使っちまおうぜ」


「お、お前……」


「なーに。もし後で強敵にであったらその時はその時だ。出し惜しみして下手して未知の敵から大損害被るほうが厄介だぜ」


「それはそれで一理はあるが……」


「つー訳で、リリア頼むぜ」


「は、はい」


 レイラは本当にこれで良いのかといまだ納得いかなかった。龍児のことだ。強敵と出会えばきっと使う気でいるのだろう。


 これからのことも考えればあまり無茶をさせるわけにはいかない。万が一そのような場合に出くわした場合、一度後退するべきだろうとレイラは考えた。


◇◇◇◇◇


 龍児の体から黄金の粒子が消え去るころには、戦いはすでに決着がついていた。


 あれだけ警戒していた巨人は見かけ倒しで動きは悪いうえに見た目ほどのパワーもなかった。


 危惧していた特殊能力は見受けられることはなかった。もしくは能力が発揮する前に倒してしまったのか分からない結果となってしまった。


 羽の生えたライオンモドキも羽をばたつかせはするものの空を飛ぶことのないただのモドキだった。


 何のための羽だったのかと突っ込みを入れたくなるが、元が研究所であることを考えればこのような出来損ないがいても、なんらおかしい事は無い。


 これらの敵よりリビッツのクロスボウガンのほうが驚異だ。数にものを言わせて連射されると身動きがとれなくなる。


 合成獣は単体では何の力もなく、クロスボウガンのマトとなった。


「結局なんだったんだ?」


 リリアに強化魔法を施してもらっていたが、これなら無くても勝てたような気がした。


「もしかしたら、ただの捨てゴマだったのかもしれないな……」


 顎に手を当てて考えこんでいたレイラはそんな気がした。彼らは本気でここの砦を守るつもりは無かったのではないかと……


「何のために?」


 龍児は不可解であった。このような一本道しか無いような場所であれば戦力は集中して投入したほうが良いはずである。


「まさか……時間稼ぎか!?」


「か、稼いでどうするんだ?」


「考えられるのは撤退しようとしているか、分散している戦力を決戦場に集めるためとか……」


「それって前者だったら、やべーんじゃねぇのか?」


 このまま侵攻すればいずれモンスター工場にはたどり着くだろう。工場は逃げないから時間はかかっても潰せるだろう。


 しかし、ボドルドを逃がすとまたいつどこでモンスター工場を作られるか分かったものではない。ここでボドルドを逃がすわけにはいかなかった。


「さあ、先を急ごうぜ!!」

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