第358話 ハッキリしやがれ

 レイラ率いる先方隊は岩肌むき出しとなっている岩山を登っていた。最初は足場の悪い緩やかな坂という感じであったが、直ぐに坂は急勾配となった。


 登山ルートも急激に減り、下手な道を撰べば行き止まりとなってしまう。


 そんな様子をアラド・ウォルス分団長は地上から眺めて侵攻ルートを確認していた。レイラ達の通った後が後続部隊の侵攻ルートとなるのだ。


 勾配はさらにきつくなり、いよいよ手を使って昇るようになると、ハーケンやロープの出番となる。ロッククライミングが必要なほどではないが急勾配なので非常に危険な場所である。


 重い荷物を背負っていればバランスを崩しやすいので今回用意したものだ。だがこれら機材が一番重いので彼らとしては早々と使ってしまいたかった。


 ようやく登りきると平坦な所へと躍り出る。ついに登りきったぞ喜ぶ彼らの視線に更なる絶壁が表れ落胆させた。


 しかしながらその開けた場所からは崖を迂回するように岩肌の登山ルートがあるようだった。その反対側は絶壁の谷間であり落ちればまず命はない。


 登山ルートの道幅は狭いところが多く体力的、精神的に疲弊すれば落ちる者が出てもおかしくはない。念のために道幅が極端に狭いところは水平にロープを張ることにした。


 ロープなどの機材が無くなるとレイラの部隊の侵攻は足を止める。ほどなくして後続の交代要因がやってきて先方を交代するとレイラの部隊はその場で休憩となった。


 各々、自分達の場所取りをして日陰で休憩を取りだすと龍児も岩場の影で腰を下ろした。


「ふぃー、これはなかなかキツイな……」


 龍児はその言葉の後に『もし工場がなければくたびれ儲けだな……』と言いそうになり慌てて口をつぐむ。


 仮にもその場所を教えた張本人が他の団員の不安を煽るようなことを口にするわけにはいかない。自重自重と自分に言い聞かせながらウチワで体を仰いだ。


「ふうー」


 龍児の隣に遅れていたリリアが座り込んで大きく深呼吸した。


「お疲れさん」


 龍児が彼女に労いの言葉をかけた。


「山登りなんて始めてしました。こうやって景色を見る分には素晴らしいですけど、なかなか疲れますね……」


 そういってリリアは火照った体を少しでも冷やそうと上着の胸元の隙間に指を引っかけて服をぱたつかせた。


 身長差のせいでほぼ真上から見下ろす龍児の目に服の隙間から彼女の小さな乳房が見え隠れする。龍児は思わず赤面して顔を反らした。そして手にしいたウチワで彼女を扇いであげる。


「あ、ありがとうございます。でも龍児様もお疲れでしょうからぞうどご自分の為に使って下さい」


 本当は疲れてへとへとであろうに、彼女は首筋に玉雫のような汗を流しながらも笑顔を向ける。そんな仕草に龍児の心臓は大きく高鳴ってしまう。


 あの刀夜が嫌いな奴に対して頭を下げてでも彼女を守りたい。そう思う気持ちがよく分かった。彼女は良い子すぎて守ってあげたいという男心を掻き立ててくるのだ。


 同じ事をクラスメイトの連中がすればきっと『あざとい』と思われるようなことでも彼女がすると自然に伝わってくるのだ。これはもうある種の才能と言えるかも知れない。


 龍児は一度押し込めた『自分もこんな彼女が欲しい』と思う気持ちが再び沸き起こるのを我慢した。


 リリアの想い人は刀夜なのだ自分ではない。横取りなど男のすることではないと再び自分に言い聞かせる。


 だがそんな気持ちになってしまうのも、このモヤモヤした気持ちもすべては刀夜が気持ちをハッキリさせないのが悪いと彼は責任を刀夜に押しつけた。


 二人の関係は葵から聞いてはいる。本当は好きなくせになんだかんだと言って距離を置こうとする。事件があって急接近したかと思えば次の日には普通だったりとそんなことの繰り返しらしいのだ。


「ハッキリしやがれってんだ……」


 龍児は思わず呟いてしまった。


「え?」


 そんな呟きがリリアの耳に入ってしまい、彼女は『なに?』といったような顔をした。呟きを聞かれてしまった龍児は焦る。


「あ……い、いや、べつに何もねーよ。あぁ、そうだ!」


 龍児は名案が思いついたのか急に自分のリュックの上にくくりつけていたマントを取り出し、二つ折りにして一方を丸々と地面にしいた。


「ほら、横になったほうが早く回復するぜ」


「え、で、でもそれでは龍児様のマントを汚してしまいます」


 リリアは少し困惑しているようだ。彼女は体力が大きく劣っていることを自覚しており、足手まといになっていると思っている。したがって嬉しい反面、ここまで良くしてもらってよいのだろうかと恐縮してしまう。


「いいんだよ。マントなんて道具なんだから使って汚してなんぼなんだよ。それにリリアはうちの隊の紅一点、俺達の命を守ってくれるアイドルなんだ。しっかり休んでくれ」


 アイドルがなんなのか分からないが、過剰に誉められていることは分かる。他の団員からもそうだそうだと囃し立てられてリリアは恥ずかしくなってしまった。


 だがそんな龍児の後ろで不穏な気配を放つものが立っていた。


「ほう……紅一点……どうやら私は女とは見られていなかったようだな」


 レイラは腕を組んで龍児を見下ろしていた。龍児はすっかりと彼女の事を忘れて口を滑らせてしまい、どう言い訳をするかと必死に考えた。


「レ、レイラさんはうちの隊の女神様だからよー。同列に置くわけにはいかねーじゃん」


 苦しい言い訳だが、なんとかこれで機嫌を直してもらえないかと彼女に視線を送った。


「ふん、何が女神様だ。それよりお前達。補給部隊が到着したら直ぐに出るからな。ここからは敵も出そうな気配が漂っている。しっかり休憩しておけよ!」


 団員たちは座ったままレイラに敬礼を入れた。


「あー、やばかった……」


 胸を撫で下ろす龍児を見てリリアはクスクスと笑うのであった。

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