第356話 拓真の帰還

「拓真君!?」


 突如現れた珍客に皆は目を丸くした。


「やぁ、久しぶり」


 拓真は魔法使いの紺色のローブを着用しており、以前に比べてだいぶ魔法使いといった貫禄の感じがでてきている。


「いらっしゃい拓真君、急にどうしたの?」


 舞衣は久しぶりに会えた拓真に嬉しさを感じつつも、なぜ龍児、由美、刀夜、リリア達がいないこのタイミングなのかと間の悪い拓真を残念に思った。


「実はアリス姉弟子が刀夜君からラブレターもらったから結婚してくると言って出たきり戻ってこないんだ」


 拓真は淡々と事情を説明するがその内容は突っ込みどころ満載である。


「そりゃ結婚したら普通戻らないでしょ……」


「突っ込むところそこなんだ……」


 舞衣の本気なのだかボケているのか分からない内容に晴樹が突っ込みを入れた。


「帰ってくること前提なあたり、まるっきり信用してないんだね」


 今度は美紀がケラケラと笑いながら突っ込みをを入れた。


「え!? 違うのかい?」


「うん、そうよ。二人はいまハネムーン中で不在よ」


「い、いつの間にそんな関係に……」


 拓真は驚きを隠せなかった。やはり彼女を疎遠に扱ったからその淋しさで刀夜にコロリといってしまったのだろうかと本気で悩みだす。


「いや、しかし、刀夜君にはリリアくんがいたんじゃないのかい?」


「そうなのよ……フラれたリリアちゃんは泣きながら家を飛び出して龍児君の元に走ったわ」


 美紀はますます調子にのって涙を拭う振りまでする。


「ど、どうしてそんなことに……」


「ね? 酷いでしょ、刀夜君が帰ったら怒ってやってよね!」


 美紀の真剣な眼差しに拓真は惑う。いつの間にか人間関係がとんでもないことになっている。


 しかし、恐らくこの現況はアリスが元凶に違いないだろう。何しろ少しでも甘いところを見せればどんどん調子にのって彼女は手当たり次第に誘惑してくるのだから。


 免疫の少ない自分たちなどイチコロでやられてしまう。ゆえに刀夜が浮気をしたというより、恐らく……


 ――姉弟子が刀夜を寝とったに違いない!


 拓真はそう結論付けた。


「姉弟子はたっぷりと説教するとしても、若いとはいえ簡単に落とされたあげく、彼女であるリリア嬢捨てた刀夜君も刀夜君だ! 愛情のなんたるか、人としてどうなのかと彼とじっくり話会わなくてはならないようだな!」


 拓真はそう決意する。だが、台所の隅で梨沙が脇腹を押さえて必死に笑いを堪えているのを拓真に見られてしまう。


 なぜこの重い話のさなか彼女は爆笑しているのだろうか……


「騙したね、美紀くん……」


 美紀はてへぺろっと舌を出してごまかそうとする。その後、反省の色のない彼女は拓真よりガミガミと説教を食らうこととなった。


 だがその冗談が、まさかの似たような形で現在進行形であることを彼らは知らない。そしてそれどころか、世界の真実に触れた刀夜が彼らの誰もが理解し難い行動に出たことも。


「本当の事を言うとアリスさんは刀夜と一緒に帝都に向かったのよ」


「て、帝都だって!?」


 刀夜の送られた手紙には書かれてはいたが、アリスは茶化して出ていったので拓真は初耳であった。


「やっぱり危険よね……もっとしっかり止めるべきだったかしら……」


「いや止めても無駄だったと思うよ。何しろ帝都は僕ら賢者にとっては宝の山だからね。あのアリス姉弟子のことだから行けるチャンスがあるなら止められないと思うよ」


 何しろ帝都には貴重な魔術師関連のアイテムがゴロゴロあるらしいのだ。魔法書物、魔法アイテム、古代金貨、財宝……ざっと拓真が知っている範囲でもこれだけあり、喉から手が出るほど欲しいものだ。


 あの姉弟子が諦めるはずがない。モンスターに関してはあの刀夜のことだきっとなんとかしてくれるだろう。


「しかし、刀夜君がいないのは残念だ」


「刀夜にも用があったのかい?」


「僕というよりマウロウ師匠からだよ。彼に直接手渡しして欲しいと頼まれていたのだが……」


 拓真は鞄から包み紙と手紙を出してみせた。まるで図鑑でも入っているのかと思えるような包みだ。だが本のように重い代物ではない。


「預かっておこうか?」


「いや、直接渡すよう言われているから……」


 拓真は申し訳なさそうに断った。


「じゃあどうするの?」


「うーん。姉弟子が帰ってくるまでしばらくここで待たせてもらおうかな……」


 拓真は首を傾げながら呟くように答えた。ここから街の宿屋までは遠い。かといって師匠の家にいちいち戻るのは面倒である。


「師匠をほっておいていいのかい?」


「師匠は用事があって数日は帰ってこないんだよ。あの家に一人でいるのは淋しいからね。勉強も暫くお休みだね」


 一人でも勉強はできるけど、こんな機会でもなければ皆といるチャンスは無いのだ。


「あらいいわね、じゃあ晩御飯は腕を振るうわね」


「じゃぁ、あたしも頑張りますか」


「あ、あたしも頑張る」


「ほう、皆の手料理が食べれるのか、これはいね。たまにはちょくちょく遊びにこようかな」


「歓迎するよ」


 その日は颯太や葵も呼んで皆で鍋を突っつくこととなった。だがこの後、拓真は師匠の家に戻ることは二度とないのである。そして刀夜とアリスがこの家に戻ることもなかった……

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