第354話 選択肢のない物語
「え? いやー違ッスよ……」
アリスは刀夜の懸念を否定した。正確には何の為の魔法なのかは分からない。しかし、状況から判断するに恐らくここの資料が風化しないように保全のためかと思われる。
だがアリスはそのような魔法を知らない。使われているのは恐らく古代魔法であろうと予測した。
取り繕う彼女に視線を向けていた刀夜ではあったが、彼は彼女の後ろの壁に飾られていたものに目を奪われていた。
刀夜はづかづかと真剣な表情でアリスに近づくと彼女は何事かと慌てふためく。
「え、え、な、なに!?」
刀夜はアリスの両肩に手を置いた。
「え? と。刀夜っち?」
彼の真剣な目を合わせると顔を赤らめて喉をゴクリと鳴らし、アリスは何かを期待せずにはいられない。だが刀夜のとった行動は「どいてくれ」とただ一言、無理やり押し退けられた……
「刀夜っち! なんか段々とあたしの扱い酷くないッスか!!」
アリスが怒るもの無理はない。しかし刀夜は聞く耳持たずといった感じで見つけたものに目を奪われたままだった。
「もう! 何に真剣になってるんスか!!」
アリスも刀夜が覗いているものを目にして絶句する。
「こ、これ……どいうことッスか?」
「本当はこの研究プロジェクトの名簿を探していたのだがな……これで確定だ」
「なんで……なんで彼がここにいるんスか!!」
アリスは研究スタッフチームが写っている写真を見て目を疑った。そこには彼女の見知った顔があったからだ。
「アリス……これが真実だ。ボドルド、マリュークス……そして賢者マーロウも同じ無地穴だったということだ」
「師匠? え? まさか、こ、これが師匠なんスか!? こ、こんなことって……ありなんスか」
信じていた師匠までもが帝国崩壊に加担して、世界を騙していた一人だった。その事実にまるで自分の信じてきたもの全てを否定される思いであった。
「アリス……気落ちしているところを悪いが教えてくれ、賢者マウロウは――の研究をしていなかったか?」
アリスは刀夜の言葉に頷いた。彼の質問はもう全てを見越してかのようだった。
「なんてことをしてくれたんだ……」
正直なところ刀夜もこの事実には信じがたい思いはあった。だが良くも悪くも彼の思考は現実主義である。
「俺たちがこの世界に連れてこられたのは連中にとって必然だったわけだ。そしてこれまで起きたことも、これから起こることも、俺達は用意されたシナリオを演じ続けさせられというわけか!!」
怒りを露にした刀夜は激しく机を叩いた。その音にアリスはビクリと体を跳ねた。
「と、刀夜っち。あたし……頭悪くて全然わからないの……一体どうなって、これからどうなるんスか?」
アリスは畳みかけるような情報に頭がついて行けなかった。ただ断片的な情報にとてもまずいことになっている実感は湧いていた。
刀夜は頷いてアリスに本当の歴史がどうだったのか、そしてこれからどうなるかを話した。
「……なんとか防げないんスか?」
「防ぐ? 何を防ぐというのだ。俺達は用意されたシナリオを演じるだけだ。そうでなければ……」
「なければ?」
「……何が起こるか分からない。最悪この世界が崩壊するかも知れない」
「はは……それは大変スね……」
乾いた笑いでアリスはもう受け入れられないと心が防御にでたのを感じた。だが刀夜は空気も読まずに追い討ちを掛けるように説明をしてしまう。
「笑い事ではない。本気で言っている。俺達が誤った選択を選んだ場合、本当にそうなりかねい。そしてマリュークスはそれを狙っている」
「は? どうしてッスか!?」
「奴はボドルドの殺しの依頼を龍児に頼んだ。龍児は断ったがもし今のタイミングでボドルドを殺したらそうなる可能性はある」
「でも、マリュークスは人類の繁栄を望んで人々を導いたんじゃないんスか?」
「マリュークスにどんな心境の変化があったのかは本人に聞くしかない。だが龍児達が出会ったときの言動からは俺はそう感じた。彼がボドルドを殺せばどうなるか知らないわけはないんだ!」
思わず熱弁してしまったことに刀夜はハっとして今一度心を落ち着かせた。そう下手をすれば何が起きるか分からないのだ。それは人類史上だれも経験したことのないことなのだから。
世界崩壊は数ある予測の中でも最悪のパターンだ。そして残念なことにロジック的にその可能は高いはずなのだ。
何がなんでもそれだけは防がなくてはならない。そう、すべてを敵に回したとしても……
「アリスさん。ここまで付き合ってもらっておきながら大変申し訳ないのだが……」
刀夜はアリスに背を向けると呟くように語りかけた。
「なんスか改まって……」
「この世界を守るためには俺達はなんとしても元の世界に戻らなきゃならない……」
「…………」
「そのためには用意されているストーリーを守る必要がある。だから俺はこのまま奴の……ボドルドの所へ向かわなければならない。それに当たって……あなたには是非ともやってもらわなければならないことがあるのだが……」
お願いをしている割には刀夜の声には喜怒哀楽を感じなかった。むしろそのおどろおどろしい気配にアリスは急に不安に刈られた。
特に刀夜が何を言わんとしようとしているのかサッパリ分からない。
「な、なんスか? 声……怖いっスよ……」
「あなたは色々と真実を知ってしまった……だからお願いしますアリスさん」
真実を知ってしまったというより見せつけられた感しかないよと思わず突っ込みを入れたくなったが、次の瞬間、彼女の背筋は凍った。刀夜は彼女のほうへと振り向くと同時にリボルバー銃を向けてきたのだ。
「え? ちょ、ちょっと、そんな物騒なもの向けないで欲しいッス!」
寒くもないのにこめかみから冷や汗が流れた気がした。どうして銃口を向けられているのか理解できない。そもそも刀夜は本気で撃つつもりで向けているのか、それとも冗談のつもり……とは到底思えない。
アリスは今、目の前で起こっている出来事が受け入れられずにいた。
なぜ? どうして? あたし何かしたの?
そんな思いばかりが頭をぐるぐると駆け巡る。
「…………」
「……と、刀夜っち……」
無言で銃口向ける刀夜の目から彼は本気なのだと感じた。アリスは涙目で信じてもいない神に嘘であって欲しいと祈る。
「死んでくれ」
「っ!!」
無慈悲な言葉が刀夜の口から告げられた……
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