第349話 帝国ホテル?

「上から探すって……頂上からッスか……?」


「無論、重要そうなものは上と相場は決まっているからな」


「ま、マジっスか……」


 外観の様子からこの城は優に40階以上はありそうだった。それを昇る……


 アリスはちらりと先ほどすれ違った階段を目にした。昇る階数もさることながら、四角い吹き抜けのある螺旋状の階段となっているので恐怖感がある。


 刀夜も正直なところ階段はキツいのだがエレベーターやエスカレーターなど期待はできない。仮にあったとしても動いているとは思えないうえに、動いていたとしても文化が違いすぎて操作方法が分からないような気がした。


 下手をしてエレベーター内で閉じ込められるかも知れないということを考慮すればできるだけオープンなほうか好ましい。


 刀夜たちは階段にやってくるとキョロキョロと辺りを見回してみる。フロアマップを期待したがそのようなものはなかった。大して期待もしていなかったが。


 吹き抜けの下を覗いてみると、直ぐに底が見えている。つまり自分達はほぼ最下層にいるということになる。


 逆に上を覗いてみると目が眩みそうなほど延々と突き抜けており、何階層あるか想像できなかった。


「かなかなキツそうだな……」


 刀夜の体は数々の怪我により足腰の踏ん張りができなくなっている。平地なら走る位はできるほどに回復しているが、このような階段は体の負担が大きい。


 それでも突き進むしかなく、刀夜たちは黙々と階段を登った。


 時折、窓があり外の街並みの様子が見える。最初は低かった視点も徐々に高くなり、吹き抜けの底も見えなくなった。


「ひいい……」


 思わず吹き抜けの底を見てしまったアリスは怖くなって刀夜の腕にしがみついてくる。


「アリスさんは高いところ苦手ですか?」


「好きな奴なんていないっスよ」


 いないなどと断言されたが、ここに高いところが大好きなフリークライマーがいるのだが……と思わず突っ込みを入れたくなる。


 アリスは大きな体を縮込ませて抱きついているため刀夜の腕に彼女の震えが伝わってきた。どうやら本気で怖いらしい。


 刀夜も少し足に来ており、そろそろ登るのは止めたほうが良いのかも知れない。吹き抜けからは天井が見えてきているので登りきってしまいたい気持ちが大きいが、外はもう夕方になりそうな空模様だ。


 造幣局のインパクトが大きかったため二人は結局、昼飯を食べていなかったのでもうぺこぺこである。


「今日のところは、このフロアーで休憩としましょう」


「そうしてくれると助かるッス」


 アリスはこの階段地獄から抜け出せることに安堵した。階段を後にすると廊下のような場所にでる。左側の壁はガラス張りとなっており、外の街の様子が良くみえる。


 床にはホテルのように絨毯が敷かれている。通路全体としてはこれまでと異なって木目調で仕上げられて非常にシックで落ち着く雰囲気であった。そして部屋の扉らしきものが均等に並んでいる。


「急にホテルのようになったな……」


「こっちのほうが落ち着くっスねー」


 確かにこれまでの帝国風ではなく、元世界風のデザインに刀夜は安心感を覚えた。


 早速一番手前の部屋へと入ってみる。


 中は現代風にしたスイートルームのような部屋だ。アンティークな家具は廊下の外見同様にシックな作りとなっている。


 何より驚かされるのは部屋が3つあるのだが、どれも何の部屋なのか直ぐに分かるところだ。街の中の建物では一見して何の部屋なのか分からないのに、ここはすぐ分かるという安心感がある。


 最も折角の部屋だが400年も経過しているのでホコリも凄まじいうえに家具は風化してかろうじて原型を保っているようだ。


「じゃあ、寝れるよう部屋を掃除するっス」


「では俺も手伝いますよ」


 街での宿泊ではアリス一人にやらせてしまったことに刀夜は後ろめたさを感じていた。したがって今回は手伝おうと決めていたのだが……


「ストープ! 刀夜っちは邪魔になるからさっさと真実とやらを調べておいて欲しいっス」


「いや、しかし……」


「それに部屋の片付けは魔法でバババとやっちゃうので刀夜がいると邪魔ッス」


「…………」


 アリスは強引に刀夜を部屋から追い出した。しかしアリスの本音は懲りずにまたもや刀夜の体を狙っている。


 しかし、そのような思惑とは思ってもみない刀夜はそんなに役立たずなのかとショックを受けた。元世界の家では爺さんと二人暮らしなので料理以外の家事は得意なほうである。もっとも洗濯機や掃除機があればの話だが。


 部屋を追い出された刀夜は気持ちを切り替えて他の部屋の調査を開始しだした。


 しかし同じフロアーの部屋はどこも同じ作りで取り分けこれと言ったものはない。使われていたような形跡もないことから空き部屋であったのかもしれない。


 刀夜は別の階段で上に行ってみると、そこも同じような作りとなっている。


「これは、また明日だな……」


 夕焼けが落ちそうになると廊下はかなり暗くなり初めていた。刀夜は光源を持っていないので早く戻らないと足元が見えなくなりそうだった。


 したがって日が暮れるまでにはアリスの元へと戻る必要があり、刀夜は急いでアリスいる部屋へと戻ってくる。


 部屋の中のホコリは綺麗に取り除かれていた。だが何やら随分とスッキリとしすぎている。


「アリス……ここにあった家具たちはどこへいった?」


「え?……あぁ、あれはボロくて壊れたから捨てたっス」


 アリスは目を反らしているが刀夜はベランダの隅に砕け散ってゴミと化した山を見つけた。


 一体どんな魔法を使えばこんなことになるのだろうかと突っ込みを入れたい所だが、刀夜はもっと突っ込みを入れたくなるものを見つけてしまう。


「なぜベッドが2つくっついている?」


 刀夜は冷たい視線をアリスにに向けた。


「え、それはもちろん掃除するためッスよ……あはは…」


 彼女の目は完全に泳いでいた。


「俺は隣の部屋で寝る」


 刀夜は反転して部屋を出ていこうとすると、アリスは泣きそうな顔で背後から抱きついて必死にひき止めた。


「後生や! 行かんといてーや! もうせぇへんからー!!」


 またも何故か関西弁で泣きつくアリス。


「人というものは学習する生き物だ!」


 あくまでも出ていこうとする刀夜。


「出てったらリリアに刀夜っちと寝たと言いふらすで!!」


 それを聞いて刀夜は青ざめた。それは洒落にならない。行為こそ無くとも一緒に寝たのは確かだ。そしてきっとアリスの言い分を皆は信じるだろう。


「ひ、卑怯だぞ……」


「一人にされるぐらいなら、どんな手でも使うッス!」


「ぐ…………わ、わかった……本当に何もするなよ……」


 アリスは涙目でコクコクと何度も頷いた。とはいえ寝相というものは無意識の産物である。その夜、刀夜は再びアリスに襲われた……

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