第347話 造幣局

「さっきアリスさんが『ケルヒアム』と言ったんですよ……」


 アリスはしばらく考えこんでポンと手を叩いた。


「ああ、ケルヒアムっスね、ケルヒアム……」


 刀夜から冷たい視線が送られてくる。


「さっきのメッセージの最後に『ケルヒアム』と書いてあったッスよ」


 アリスは壁のメッセージを指差していた。


「アリスさんはその『ケルヒアム』ってのが何なのかご存知なのですか?」


「……さあ……」


 刀夜は無駄な時間潰してしまったと、ガクリと肩を落とすと気を取り直して登りだした。


「ああッ!!」


 突如アリスが大声を張り上げ、驚いた刀夜は足を滑らして梯子から落ちた。床にへたり込む刀夜から恨めがましい視線を投げつけられると、さすがに気まずくなる。


「あはは、ごめん」


 彼女は笑いながら両手を合わせて謝った。


「なんですか」


 粗かさまに不機嫌そうな声で訪ねる刀夜。


「ケルヒアムのことッス。思い出したッス。ケルヒアムは鉄壁の賢者、ケルヒアム・ウィリースのことッスよ」


「賢者?」


 賢者ケルヒアム・ウィリースこそ二年前にリリアの故郷プラプティを訪れた賢者だ。だが彼があのような最後を迎えたのはもはや誰も知る者はいない。


「もう長い間、名前を聴くことはなかったっスね。まさかこんな所で名前を見るとは……思いもよらなかったっス」


 刀夜は驚いた。賢者のような者がこのような所に来ていたということに。いや、むしろ賢者だからこそここに来たのかも知れない。


 古代のことを調べている内にここにたどり着いたのかも知れない。いや、きっとそうだ。ゾルディのいう真実に近づいたに違いない。そう思うと刀夜は急にその人物に会いたくなった。


「その人はいまどこにいるのですか?」


 そう問われてもアリスには答えられない。


「さあ……もう最近は噂すら聞かないっス。それにケルヒアム氏は放浪癖があるのでウチの師匠のように一ヶ所に止まらない人で有名でしたから」


「そうか残念だな。いろいろ聞きたかったのだが……」


「そんなことより。今は造幣局っスよ!!」


 アリスはにやけた顔で刀夜をせかした。しかし、刀夜からすれば古代金貨などどうでもよい。どのみち手に入れたところで当面は換金できないのだ。まだ普通の金貨のほうがありがたいぐらいだ。


 刀夜はやれやれといった感じで登った。


◇◇◇◇◇


 重い鉄蓋を少しだけ浮かせて回りを確認する左右後ろは壁で前方は大きな部屋だ。


 ステンドグラスの窓ガラスから光が差し込んで辺りを照らされている。人気のないどんよりとした空気により、光が屈折すると幻想的な雰囲気を漂わせていた。


 部屋の材質はこれまでとはまた変わって床も壁も固めの樹脂のような感じであった。色合いもシックに下半分は茶色、上半分はアイボリーという色合いだ。


 天井はアーチ状の張りが出ており、シャンデリアのようなものがぶら下がっていて若干クラシック感があるが壁の作りとはミスマッチだ。


 その深き奥に何やら装置が並んでいるようだった。


 刀夜はモンスターの気配を感じれず、縦穴から出た。そしてアリスも続いて穴からでてくる。


 一応刀夜は辺りを警戒しつつ装置のほうへと赴く。

 装置に近づくとアリスが我慢できないようで駆け足で近寄ると歓喜の声をあげた。


「刀夜っち! 刀夜っち! 金貨! 金貨! 古代金貨ッスよ!!」


 装置は流れ作業で金貨を加工できるよう工場ラインがしかれている。その排出口の木箱にはまさしく古代金貨の山があった。


「千? いや万は越えるな」


 さすがに見慣れている古代金貨もこれほどの数があると壮観である。はたしていくらになるかとついつい計算してしまう。


 しかしこれだけの数が世の中に流通してしまうと古代金貨の価値は間違いなく暴落することとなり、たちまちコレクターとしての価値もなくなる。


「取るなら数枚にしてくださいよ」


「えーなんでよ! こんなにあるのに」


「そんなに沢山流通したら取引レートはただの金貨にまで落ちぶれてしまいますよ」


「うー」


 アリスは不満そうに膨れているが、ちゃかりとポッケに押し込んでいるのを刀夜は見逃さない。


 一枚あれば十分ではないかと刀夜は思うが、それは実際に持ってみたからこそ分かるのかも知れない。価値としてはそのぐらいの数のほうがありがたみがあるだ。


 しかしそんなことより刀夜はこの工場ラインに違和感を覚えた。


 彼の興味は古代金貨よりそちらに向いた。なぜなら今、刀夜のいる古代金貨の製造ラインは一番端に位置しているが、他の製造ラインは少し離れた位置から均等間隔で並んでいる。


 明らかにこのラインだけハブられているような印象を受けた。


 さらに言えば製造ラインの大きさというか長さが全然異なっており、刀夜のいる古代貨幣の装置だけが極端に短いのだ。


 刀夜は製造ラインに沿って奥にいくと違うデザインの金貨があった。金貨には人の顔は入っておらず別の模様が入っている。それは古代語と唐草のような模様であった。


 刀夜は装置をしげしげと眺めて仕組みを確認すると、どうやらこの装置は先ほどの金貨をベースに古代金貨に再プレスする装置のようだ。


「なんでワザワザこんな事を……」


 生産ラインの横に積み上げられている数々の木箱を覗けばそこには古代銀貨や古代銅貨が山積みである。


「もしかして古代貨幣を作る装置はこれ一台なのか? じゃあ他のラインはなんだ?」


 刀夜は確認するべく他の製造ラインに足を運ぶ。

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