第341話 二人の行く末

「所で話は戻るが……」


「もう戻るんだ」


「そう言うなよ。デートはもうしねぇからよ」


 龍児ががっくりと項垂れる。


「でも、そうなるとますますすることが無くてよ……」


 龍児の意見は由美にとっても同意見だ。とにかく砦は狭くて娯楽と名のつくものは皆無である。かといって外はモンスターが徘徊しているので自殺志願者でもないかぎり出てゆくのは愚かだ。


 だが彼女にはつい先ほど入手したばかりの情報があった。


「じゃぁお風呂にでも行ってみる?」


「風呂だって?」


「ええ、大衆浴場だけど今日から使えるそうよ」


 龍児が目を輝かせる。なにせこの砦で風呂と言えば沐浴だけである。水で体を洗い流すだけではどうにも疲れまでは癒せない。


 上官であるレイラからは英気を養えという命令なのだ。ここはもう熱い風呂に入る意外に選択肢はないだろう。


「よし、じゃぁ皆で行こうぜ!」


「あ、わたしはちょっと……」


 リリアは苦笑いで誘いを断っると龍児はしまったと表情を変えて焦った。


「そ、そうか。すまねぇ」


 リリアの左腕には奴隷の刻印が刻まれているため、そのような肌を晒すような場所に赴くことはできない。事情を知っている刀夜の家のメンバーでさえ彼女とお風呂は共にしたことがない。


 刻印の傷跡は年頃の女の子としては酷であったため刀夜の配慮である。外部の者に奴隷であることが知られるわけにはいかない。


 彼女への配慮を欠いた龍児は頭を掻いて恥じた。

 そのような理由から彼女に配慮してお風呂は止めておくかと由美と話し合うものの、逆にリリアに気遣われてしまう羽目になった。


◇◇◇◇◇


 意気揚々とお風呂に向かった龍児と由美だが、用意された浴場は二人の期待とは裏腹にいささか残念な内容であった。最大の要因は人が多すぎることだ。


 誰しもが望んでいたお風呂の人気は予想以上であったために、ゆったりと入れなかった。


 おまけにお湯が温い。次々と沸かしてはいるのだがそれ以上に消費が多いために肝心の湯船に回らなかった。


 しかしながら悪いことばかりではない。風呂上がりの一杯……ならぬソフトクリームは絶品であった。


 しかし、龍児はなぜこんなところにソフトクリームがあるのかと疑問に思う。ここ最近ではソフトのみならず、あきらかに元世界の食べ物が一部で広まりつつあるのだ。


 それは刀夜がボナミザ商会へと赴いたときに話のネタとして女将に話したため、彼女はちゃっかりそれを商売に組み込んでいたのだ。


 やがて真似する者も増えて流行りだしていたが、ソフトのように冷やす氷を必要とする代物は魔術師と組まないとできない商売だ。


 手広く様々な方面に顔が利く女将ならでは商売といえる。


「これでマッサージチェアがあればなー」


 風呂上がりにロビーにて由美とソフトを堪能した。


「ところで龍児君、貴方ならリリアちゃんをあたし達の世界に連れてゆくことをどう思う?」


「とーとつだな。どういう意味だよ?」


 由美はリリアのことを思えば刀夜がこの地に残るべきと考えていた。だが刀夜はそれをキッパリと断ってきたのだ。


 であれば自分たちの世界に連れてゆくこともありだろうかと考えを変えてみようかと思っている。また他の皆はどう考えているのか意見を聞いてみたかったのだ。


「刀夜君は彼女を連れていくことに抵抗を持っているようだわ」


「なんで抵抗があるんだよ、彼女は天涯孤独の身なんだろ? そして互いに好き合っている。なら問題ねーじゃん」


 実に視野の狭い短絡的な思考だと由美は感じた。相談する相手を間違えたとも。


 とはいえ龍児の指摘している『互いに好き合っている』という部分は最も重要である。


 今は好きあっていたとしても、もし別れるようなことになったら彼女は行き場を失ってしまう。こちらの世界ならまだやりようはあるだろう。


 そしてそれ以外にも問題はあり、おそらく刀夜が懸念しているのはこっちだ。


「多分だけど刀夜君はマスコミなどで騒がれるの嫌っているんじゃないかしら? 彼女は異世界の住人。しかも宇宙人ってことにるわ。世間が黙っている分けないわ」


「そりゃそうだろうが、それこそ俺たちが守ってやれば……」


「ずっと一緒じゃないのよ、加えて一番の問題は彼女は奴隷であること、それも普通のじゃないのよ。マトモじゃない倫理観を振りかざすような輩の標的になりかねないわ」


「ああ、いるよな。そんな連中……だから刀夜にここに残るべきと主張しているのか?」


「ええ、そうよ。あの子の幸せを考えればそれがベストと思っているみたい」


 刀夜の懸念はそれだけではない。現代文明や生活習慣についてこれない可能性が高いし、ホームシックや鬱になる可能性も恐れた。


 いくら愛し合っていたとしてもそれとこれは別だと思っているのが刀夜である。


「しかし、刀夜の気持ちだって蔑ろにできないだろ。奴には奴の事情ってもんがあるみたいだしよ」


「あら、彼の肩を持つなんて珍しいわね」


「リリアのこと頼まれたときに少し知ってしまったからな……俺だって皆だって帰りたい理由はあるんだってよ」


「…………」


 由美にとってもそこを突かれるととても痛かった。自分達は帰るつもりの癖に人には残れと言っているわけなのだから。刀夜からしてみれば身勝手な意見とも取られる。


 由美はこの世界の人相手に恋愛を抱かないよう心がけている。ゆえに言い寄ってくる男は皆断っていた。相手が嫌いだからなどとそのような理由ではなく元の世界に必ず帰るのだと彼女は信じているからだ。


「エイミィちゃんだっけ、あの娘のこともあるしね……」


「あいつ自らどんどんドツボ踏んでねぇか?」


「そうねぇ、帰ることを優先するあまり、やり過ぎて余計に荷物しょいこみずぎって感じよね……」


 刀夜とリリア、どちらの想いも噛み合わず二人の行く先が前途多難であると思うと、二人は揃って大きくため息をついた。

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