第340話 三人だけの秘密
龍児たち自警団は防壁の再建を済ませて砦内部の施設関連の手伝いをしていた。しかし、そちらは基本的には外部業者が主となっているので徐々に手持ち無沙汰となってきていた。
そんな中、龍児はレイラに呼び出されて攻略隊はしっかり休んで英気を養うようにとの全体連絡が通達された。
近々モンスター工場への攻略が始まるようである。
準備と言われてもすでに荷物はできている。相棒であったバスターソードはここでは直しようもない。そのため龍児は急にやることがなくなってしまった。
鋭気を養うといってもここには娯楽がない。唯一食べ物に関してだけは充実し始めてはいるが、正直なところそれも食べ飽きた。
「あら、龍児君」
「よう由美、とリリア……お前たちもアレか?」
龍児が自警団の仮事務所を出てきたところで外にいた由美たちと出会えた。彼女たちも丁度呼び出されて同じ連絡を伝えられたあとだった。
龍児の『アレか』という言葉使いに『どれのことよ』と思わず突っ込みを入れたくなるが分かっているので冷やかな視線で返事をする。
それより由美としては龍児に問いただしたいことがあった。
「急に休めと言われてもなぁ……何していいかまったくサッパリなんだが」
「ねぇ、龍児君。あなた先日、リリアちゃんとデートしてたでしょう」
「え? な、なんで」
龍児はなぜ知っているのかと焦る。別に秘密にしてるわけではないが、人に知られるのは少々恥ずかしいことだ。
「こんな狭い砦だものすぐ分かるわよ。いくら助けてもらったお礼をしたいと言われたからって、デートをお願いするんなんて……」
「い、いや。あ、あれは。そのデートとかじゃなくて……って別にいいだろ少しぐらい。フリだけなんだから!」
合同訓練以来、龍児とリリアは一緒に共にする時間が急に増えた。元々良い娘だとは思っていたが共にすれば、その良さはより一層感じたのだ。
見た目が可愛いし、控えめで嫌とは滅多に言わず、あまり自分の我を通そうとはしない。加えて頭が良いのでそれとなくサポートして男を立てようとすることに長けていた。
男にとってはそれは理想の女性像であり、悪く言えば男にとって非常に都合の良い女性といえる。このような娘に出会うのはそうそうないだろう。
龍児はリリアと共に過ごした時間が非常に心地よかったのだ。
「リリアちゃんが好きなのは刀夜君なのよ。たとえフリでもこんなこと刀夜君の耳にでも入ったら彼ショックを受けるわよ。それにあの性格だから誤解だと知っても意固地になる可能性があるわ。こじれたら貴方のせいよ」
「な、なんだよ。耳に入るが当然かのように言うなよ。それにその程度の男なら別れたほうが清々するじゃねーか」
リリアのような娘と一生共にできればとても幸せな一生を送れそうだ。そんな邪な気持ちが無いかといわれれば否である。
しかし、リリアが刀夜に想いを寄せているのは知っているし、二人の間に割り込めるほど濃い時間を過ごしてもいない。
割り込めないのは分かっている。ゆえに少しだけでもその気分を味わいたかっただけだ。
いささか自分でも女々しいとは龍児にも分かってはいる。
しかし彼らはこの世界にきて1年が過ぎており、それは龍児が18歳になているということだ。カレンダーが無いので正確には分からないがそのはずだ。
10代の残り少ない青春の想い出が、このような殺伐とした血なまぐさいものばかりでは寂しすぎる。
「バカね! そうなって困るのはリリアちゃんでしょ!」
「…………」
由美の正論に龍児は確かにそれはそうだと反論の余地は無かった。元々リリアを横取りしたいとか、彼女を困らせたいわけではない。
しかし、それで完全に割り切れない自分がいるのも確かだ。それというのも刀夜がリリアのことに対してハッキリしないのが悪い。
『あれ? これって、やはり横恋慕ってやつなのか?』
龍児は自分の気持ちが良く分からないでいた。ただ言えるのは横恋慕などと男らしくないことは受け入れられない。それだけはハッキリしている。
「あ、あの由美様。往来でそのような話はちょっと……」
気がつけば由美は少々エスカレートして声がだんだん大きくなっていた。往来の人々が由美たちを横目で覗いては苦笑されていると知ると急に恥ずかしくなってしまった。
「と、ともかくこんなことは止めてよね」
「わ、分かったよ……」
龍児としてもリリアを困らせたいとは思っていない。彼女にはちゃんと幸せになってほしいと思っている。ただ刀夜相手に幸せになれるのかという疑念は拭えないが……
「リリアちゃんもダメよ。刀夜のこと好きなら、こんなのはちゃんと断りなさい」
「は、はい……」
リリアとしては龍児の申し出は別に嫌いというわけではなかった。体を張って命を助けてくれたという想いは強いが、龍児との疑似デートはそれはそれで楽しかった。
彼女はなにぶん男の人相手にそのような付き合い方はしたことがない。特に龍児に誘われたときは買い物の付き合い程度のイメージしか持っておらず、そのようなことで良いのかと安請け合いしてしまった。
刀夜とのお出かけは距離を置かれているので買い物にでかけてもそれは買い物でしかなかった。ただ彼女としてはそれを不満に思ったことなどない、ただ傍に置いてもらえればそれで満足であった。
ゆえにデートなるものは新鮮で楽しかったのが率直な感想だ。だがそれが刀夜への裏切り行為なのだとは思いもよらなかった。
「と、刀夜様は怒りますかね……」
リリアは急に怖くなり、恐る恐る由美に尋ねてみた。怒るだけならまだ良い。だが嫌われたり見放されたら絶望しそうだ。
由美のいうとおり軽率だったかも知れないと急に不安になった。
「……ここにいる3人だけの秘密にしておきましょう」
「はい……」
由美は質問には答えなかった。彼女ものこの件を刀夜が知ったらどう出るかなど分からない。
リリアは後ろめたいがこの時はそれしかないと思った。まさか当の本人に目撃されていたなどと思いもよらなかったのだ。
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