第337話 誤解はさらに深く

 開けておいた窓から朝日が差し込むと、その光で刀夜は目覚めた。しかし、いまだ頭の中ではリリアの一件がこびりついている。


 アリスのいうとおりリリアと龍児がキスしていたのをハッキリと目撃したわけではない。ゆえにそれはいったん置いておくとしても、リリアと龍児が仲良くデートしていたのは事実だ。


 リリアを信じたい気持ちは大きい。されど彼女の気持ちが分からない。


 なぜ? 龍児と何があったのか?


 アリスのアドバイスどおり聞けば済む話だ。


 それが論理的でかつ手っ取り早い。


 だが、それではまるで焼きもちを焼いているみたいではないか。リリアとは付き合ってるとか、恋人とかそのような関係ではないのだ。


 ――聞いてどうする? リリアにそんな気がなければ……道化だ……


「怖い……」


 どちらにせよもう確認している時間はない。言い訳のように聞こえようが今日はここを出て帝国首都へと向かわなければならない。


 刀夜は自分の寝ていたベッドから体を起こした。昨日アリスに運ばれたベッドとは別のベッドである。


 アリスに裸で密着され続け、あまつさえ寝ぼけて体をまさぐってくるのだからたまったものではない。沸き起こる欲望に耐えるにも限度がある。


 刀夜は早々そのベッドから逃げだしたのだった。刀夜はチラリと隣のベッドをみて思わず吹き出してしまう。


 アリスがベッドの上で全裸のままで大の字になって寝ていた。美紀の寝相も大概だがこれはこれで大問題、いや大惨事であろう。


 昨日の夜に背後から押し付けられた二房は背中で感じたとおり、とても豊満で綺麗な形をしていた。そして彼女の大事なジャングルも丸見えだ。


『これはいくらなんでもマズイだろ!!』


 刀夜は慌ててシーツを被せようよするが、シーツは彼女の下敷きになっている。仕方なく自分のシーツを被せた。


 刀夜はげんなりとしてうなだれると、なぜ拓真が彼女を遠ざけたか理解した。アリスは思春期の男子には毒すぎた。


◇◇◇◇◇


 朝から思わぬトラブルに見舞われた刀夜。お陰でリリアの一件は一時的に頭から抜け落ちてしまった。


 恐るべしアリス・ウォート……


「いやー悪いッスね~昔っから寝相わるくて……へへへ……」


 朝食にありついた彼女はまったく反省しているようにみえず、モリモリと朝食を食べている。昨日の感動的なお姉さんっぷりはどこへやら……


 刀夜はため息をついてソーセージにフォークを突き刺した。


「食事を済ませたら早速首都へむかう」


「へ?」


 アリスは何をいっているのかと空いた口がふさがない。


「ちょ、ちょっとリリアちゃんのこと確かめないんスか!?」


「……あ……あぁ……じ、時間もないし。どこにいるのかも分からないし……」


 刀夜は後ろめたさを感じてアリスとの視線を避けた。


「刀夜っち! こーゆーのは早めに確認しないと取り返しつかなくなるッスよ!!」


「いや、しかし……」


 アリスは煮え切らない刀夜にイラつき、食べかけの朝食を一気に口へと掻き込んだ。食べ終わると同時に刀夜の手を掴んで無理やり立たせると宿を後にする。


 早朝といえど表通りはすでに人で賑わっていて、すでに混雑していた。商魂逞しく出店も早々と開店して、自警団の物足りない朝食で満足できない連中や、朝食を求める傭兵団、魔術師、民間人でごったがえしていた。


 アリスはそんな人混みをかき分けて分かりやすい龍児を探していた。彼の側にはリリアがいるはずなのだ。


 だが目立つ身長とはいえ、この人混みの中を探すのは困難である。加えて二人とも表通りに出てきているとは限らず、部屋にいる可能性もある。


 しかし、出発を遅らせても二人を探しだして確認しなくてはならない。だが当の刀夜はまったく乗る気になれないでいた。


 だが幸運なことに人混みの中、遠くに一際背の高い大男を発見する。


「いたッス!」


 アリスは刀夜の手を引っ張って人混みをかき分けて二人を追ってゆく。無理に進むものだから人にぶつかっては謝りを繰り返しつつも距離を縮めた。


 ドン!


「おいッ!」


「ご、ごめんなさいッス!」


 ぶつかってしまった相手に謝るアリス。相手はどこの街かは知らないが自警団の男だ。


 ぶつけられたことに腹が立っても相手が魔法使いの女性であればムキになるわけにはいかない。ましてや、外見では分からないが彼女は賢者なのだ。その地位は議員より高い。


 もう少しで追いつくところだったのだが、頭を上げて再び龍児達のほうを向くと龍児たちを見失っていた。


「あ、あれ……すぐそこだったのに見失ったッス……」


 龍児達とは本当にすぐ目の前だったのだ。彼の隣にはピンク髪の少女もいたので間違いないのだ。


 急いでいた足を緩めあたりをキョロキョロしながらゆっくりと探しながら人の流れに乗った。


 そしてアリスは二人を見つけた。


 屋台の間で龍児とリリアが深く抱きしめ合っている姿で……


 その様子にアリスは凍りついてしまう。そしてハッとして刀夜に見えないよう視界を遮ろうとしたが……遅かった……


 刀夜は見開いた目で硬直していた。


「あうー」


 何ということか、誤解を解こうと思ったら二人とも抱き合っている場面に出くわすなど悪魔のイタズラとしか思えない。龍児だけが包み込むようにしているならまだ弁明もありよう。


 だが二人して包むようにしてお互い見つめ合って顔を紅潮させていれば、もうフォローのしようがない。


 アリスは恐る恐る刀夜を見ると意外にも彼はいつもどおりのポーカーフェイスである。怒るでもなく。悲しむでもなく。悔しがるわけでもなく……いつもとおりだ。


 刀夜はアリスの手を掴み、元のきた道へと戻りだす。刀夜に捕まれた手が痛い。力強く強引に引っ張られ早足で進む。顔では分からなかったが完全に怒っている。


「と、刀夜っち……」


 もはやなんと声をかければよいか分からない。少なくともこのような状況で二人に声をかけるのは無理がある。無表情ではあるが急いで現場を逃げるようにする刀夜の気持ちは痛いほど分かった。


◇◇◇◇◇


「だ、大丈夫か……」


「は、はい。す、すみません」


「いきなり突き飛ばしてくるとか、昨日の奴だな。もう許せねえぜ!」


 龍児とリリア。二人で朝食を取ろうと並んで歩いていた。そして鳥の串焼きを出している屋台で二人は立ち止まった。


 肉の焼ける臭いと、滴る肉汁で立ち上がる炎と煙。これにしょうかと決めたときだ、突如リリアの背中を誰かに思いっきり押された。


 とっさに龍児が彼女をかばったが、あまりにも咄嗟だったので彼の手はその炎と焼けた網に突っ込み、軽い火傷を追ってしまった。


 もし龍児が庇わなければリリアが大火傷を追うところだった。


 アリスと刀夜が目撃してしまったのはその直後のことだった。


 龍児はその場から逃げるように人混みの中に消えてゆく魔術師をしっかりと目撃した。それは昨日のリリアに杖をぶつけた奴だった。

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