第336話 大人の貫禄?
宿屋の部屋はあまり大きくはない。それはここのみならずどこでも同じだ。
ベッドが二つ、間はかろうじて人が一人通れる隙間しかない。アリスは刀夜をベッドへと転がすと申し訳程度に備え付けある木窓を開けた。
外には大きな月が廃墟と化している街を照らしていた。下は灯りが灯されて、まだ人々は大いに騒いでいる。
刀夜は酔っぱらってフニャフニャとなり、ベッドの上で芋虫のように蠢いている。そのような刀夜の靴を脱がして、ついでに上着をも全部脱がせた。
彼の全身は鞭を食らって皮膚が裂けた後で一杯であった。さらに鉄楔を打たれた後は実に生々しく酷い有り様だった。
戦い傷ついた男の体は幾人か見てきたが、こんな体を見たのは初めてで彼女は驚きを感じた。しかしボロボロな体でも若い男の体には違いない。
「にょほほほほほ。でもぉ~可愛い乳首ッス」
刀夜の胸を指でつんつんと突っつくと彼は寝返りをうって反対側へ向いてしまう。アリスも靴と服を脱ぎ捨てて全裸となると空いたベッドのスペースへと潜りこんだ。
刀夜の背中から密着すると久しく感じていなかった人の肌を味わった。
「コレ、コレ、この感触ぅ~やっぱ人肌はいいッスね~癒されるッス~」
人肌の心地よさにアリスはうっとりとして暫くその状態で堪能する。だがそれも慣れてくると物足りなくなる。
「今宵はお姉さんを楽しませね、刀夜っち……」
アリスは刀夜の脇から手を忍ばせて彼の胸をさまぐる。傷跡のせいでガサガサなのはとても残念であった。若い男の特有の筋肉質でありながら滑らかな肌を堪能したかったのだが、これは面白みがない。
アリスは残念に思うと次のステップに進もうと下半身に手を伸ばした。
「…………やめてくれませんか」
「え!?」
突如、刀夜が拒否してきた。ここまでして拒否する男も珍しいが、なにより彼が起きていたことと、すっかり酔いが覚めていることに残念に思った。
「ええっと……起きてたッスか……ご、ごめんね」
しかし刀夜から返答はない。彼はグズリと鼻を鳴らして枕に顔を埋めてしまう。
『ええぇ~。な、泣くほど嫌だったんスか!?』
アリスはやり過ぎてしまったのかと焦った。しかし冷静に考えれば宿屋に戻ってきたときから刀夜の様子はおかしかったのだ。
顔の傷は大方ケンカだろうが、そこは男の子。特に刀夜のようなタイプは負けたぐらいでは泣くことはないというのが彼女の人生経験だ。
「……刀夜っち。なんで泣いてるんスか?」
「…………」
刀夜は答えない。
「なんか悲しいことあったんッスか?」
「…………」
喋ってくれないことには何を悲しんであるのか分からない。
そう言えば彼から龍児やリリアの話が一つも出てこないことに気が付いた。探しに行ったけれども人ごみの中だ見つけられなかったのだろうか?
さりとてこのように落ち込むだろうか?
むしろリリアと何かあったのではないか?
女性のこの手の勘は鋭い。
「リリアちゃんとなんかあったんスか?」
「…………」
刀夜はまたしても返事を返さなかったが微かな違いをアリスは感じ取った。
「刀夜っち。悩みがあるならお姉さんに話してみるッスよ。恋の悩みなら経験豊富ッスよ?」
アリスは刀夜の耳元で囁くように慰めようとする。そしてギュッと刀夜を背後から抱きしめた。刀夜の口から鳴き声が漏れる……
大人相手に大立ち回りをやってみせる刀夜ではあるが、彼は恋愛ごとに関してはは年代以下である。酒のせいもあって押し寄せてくる感情に完全に振り回されていた。
刀夜が声を殺して泣いている間、アリスはずっと寄り添ってあげた。やがて落ち着いた刀夜の口から昼間の出来事が語られた。
「あのリリアちゃんが浮気? あのリリアちゃんが? ありえないッス」
刀夜とてそのようなことは信じたくはない。だが現実に目の前で見てしまったのだ。
「あの娘は間違いなく刀夜っちにベタ惚れッスよ。それに他の男にうつつをぬかすタイプじゃないッスよ」
確かにリリアは一途な性格だと刀夜も思っている。しかし見たのだ。見た現実は覆せない。
「本当に龍ちゃんとチューしてた? 口と口、くっつけてた?」
そう言われて刀夜は思い出したくもない光景を思い出してみた。刀夜からは見えた光景はリリアの後頭部しか見えず、口を合わせていた所は見ていない。想像でも見たくはないが……
だがキス意外にあのように頭と頭をくっつけるようなシチュエーションがあるだろうか?
「刀夜っち。裏切られたと思った気持ちがここでくすぶってるッス」
アリスは背後から回した手で刀夜の胸を撫でまわした。
「その気持ちに囚われてはダメッスよ。リリアちゃんと出会ったときのことを思い出してみるッス」
リリアとの出会い。それはマリュークスによって作られた出会い。だがリリアとの出会いは刀夜にとって大きなものになった。
この世界で彼女はいつも助けてくれ、何より常に傍にいてくれた。
「共に暮らしていたリリアちゃんを思い出してみるッス」
刀夜の脳裏には走馬灯のように彼女との思い出が蘇える。
「ほら、刀夜っちの知っているリリアちゃんは浮気なんかする娘?」
刀夜は首を振った。リリアはそのようなな女性ではない。それは始めから知っていたことではないか……
「運命は時折悪戯をすることがあるッス。だからちゃんと確認しなきゃダメッス。そして刀夜っちの信じているリリアちゃんを信じてあげるッスよ……」
彼女のいうとおり確かに裏切られたという思いが勝手に暴走していように思える。自分はちゃんと確認などしていなかったではないか。
そう思うと急に恥ずかしくなり、どこか穴にでも隠れたい気分だった。
「あの……アリスさん……ありがとうございます……」
刀夜は気恥ずかしい心を抑えて励ましてくれたアリスにお礼を言った。しかし、アリスからは何の返事もない。
「アリスさん?」
刀夜が振り向くと彼女は寝ていた……
しかも彼女は全裸でガッチリと抱き着いていて離れようとしない。
刀夜は焦る……これでは自分のほうが浮気しているみたいだと。
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