第334話 未経験の感情
次の日、不機嫌な刀夜と相手してもらえずふて腐れたアリスはシュチトノへと向かう補給部隊に便乗して出立した。
シュチトノへの補給物資はピエルバルグだけで賄うのは無理がある。元々普段の生活でも不足ぎみなのだ。
なのでいくらお金を工面してもこればかりはどうにもならない。よって比較的食料が飽和しているビスクビエンツだのみとなり、毎日ピエルバルグ経由で輸送が行われていた。
ビスクビエンツは農地が広大なうえ、モンスターの出現も少ない。そして何より海の幸があるので食料は豊富で安い。
ヤンタルの街もそれなりに食料はあるほうだが、彼らは独自のルートで補給部隊を送っている。
補給部隊を護衛しているのはリセボ村とリプノ村の自警団と傭兵団で、傭兵団が圧倒的に多い。ピエルバルグは食料を出せない代わりに傭兵団を雇う金を出資している。
補給部隊はこれだけではない。砦建築に関する職人や資材、シュチトノで商売をしようとしている商人も同行している。
すでに何度も部隊が往復しているので道中に出くわすモンスターは皆無であった。この辺り一帯は狩り尽くされてしまっていた。
しかしいつ他のエリアのモンスターがやってくるか分かったものでない。本来ならもっと緊張してしかるべきだが、すでに慣れてしまっている彼らにあまり緊張はない。
殆んど戦闘らしき戦闘もなく報酬がでるのだからおいしい話だと笑っているぐらいだ。そして何事もなくシュチトノに到着すると彼らは今回もボロかったと喜んでいた。
道中、刀夜はアリスに拓真の状況を尋ねた。拓真はかなり魔法の力をつけており、特に攻撃魔法やマウロウの得意な空間転移の魔法を習得しつつあるという。
そして古代語、つまり帝国語のほうも割りと早く覚えおり、ある程度文字も読め始めているらしい。それもあの旅行の一件以来、急に力をつけ始めたらしい。
ゆえにアリスにかまっている暇がなくなり、彼女は愚痴を溢したのだ。
拓真は拓真で元の世界に戻る時期が近づいているのを肌で感じているのかも知れない。そう思うと刀夜も負けてはいられないと気合いを入れた。
◇◇◇◇◇
シュチトノの街中に入ると刀夜は急にソワソワとし始めた。辺りをキョロキョロとしており、それは砦の様子を観賞しているわけではなく誰かを探している様子であった。
しかし、砦には多くの部隊や商人が駐留しており、人でごったがえしている。
「刀夜っち、あたしは魔方陣を描く場所を探してくるから後で宿で落ち合うッス」
「そうだな。そうしてくれるか」
「了解ッス」
アリスは笑顔で敬礼をして人混みのなかで別れた。大方リリアを探しているのだろう。感動の再開を邪魔しては悪いとのアリスの気遣いである。
刀夜は再びキョロキョロを辺りを探した。探しているものは他でもないアリスの読みどおりリリアだ。
刀夜にしてみればこれまでずっと一緒に暮らしてきたリリアとこれほど長く顔を会わせないのは始めてである。
同じ家に住んでいても自警団の合同演習が始まると顔を会わせている時間がめっきり減ってしまったため、余計に長く感じていた。
砦の中は屋台が多くの出回っており、娯楽の少ないここではそれだけが楽しみなため、どこも混みあっている。
予想以上の人混みに疲れた刀夜は屋台で飲み物を購入して一息ついた。ドリンクを飲みながら往来する人々の中からリリアを探す。
その時、離れた屋台にひときわ背に高い男が目についた。刀夜は慌ててその場を後にして人混みを掻き分けつつその男を追いかけた。
その男の傍らには癖のあるピンク髪の女の子が見えたからだ。刀夜の心臓はドクリと鼓動を跳ね上げるといてもたってもいられず足を早めた。
『龍児とリリアだ』
彼らは立ち止まっていた屋台から移動しだしたので、刀夜はさらに人をかきわけて急いで後を追う。龍児という目印があっても、このすり抜けるのさえ困難な人混みの中では見失いそうである。
二人の手にはクレープのような食べ物を持っており、どうやらそれを購入していたようだ。
龍児にクレープは似合わないだろうと刀夜が苦笑したとき、目を疑うような出来事が起こる。
リリアが手にしていたクレープを龍児に差し出すと、龍児はパクリとかぶりついた。かぶりつき過ぎたのか龍児の口はクリームだらけとなり、ベロベロとなめ拭き取っている。
リリアはそんな様子にクスクスを笑い、龍児に万勉の笑みを向けていた。
その様子に刀夜は凍りつく。
なぜ二人はデートのようなことをしていのかと……
しかもリリアはその最上笑みをなぜ龍児に向けているのか!?
その笑顔は自分だけのものだったはずだ。
リリアが急に頭を落とすと龍児がなにやら気にするそぶりを見せた。彼女が再び顔をあげると目をつむり、龍児は覗き混むようにしてそっと顔を近づけた……
「え!?」
刀夜は目を疑う。こんな人混みの往来で二人は何をやっているか?
それもよりによって龍児などと!
心の中に様々な嫌な感情が急に入り交じる。刀夜は経験したことのない感情の渦に呑まれると酔い潰れたような感覚におちいった。
激しく動揺した刀夜はいたたまれなくなり、その場を逃げ出した……
◇◇◇◇◇
「んー外見じゃちょっと赤くなっただけのようだぜ」
龍児はリリアのおでこを繁々と覗いていた。先ほどすれ違った魔術師の杖がリリアのおでこに当たってしまったのだ。
「ちょっとじんじんしますが大丈夫です」
「それにしても、こんな人混みで! ありゃ絶対わざとだな! 今度見つけたギタギタにしてやる!!」
リリアは砦の建設に生真面目に手伝っていたので惰眠をむさぼっていた魔術師の連中の肩身が狭くなってしまい、密かに反感を買っていた。
最もそれ以上に自警団や砦の建築に従事していたものは皆リリアの味方であるが。ゆえにこのような姑息な手段で嫌がらせを行っていた。
見つかればその者はただではすまなくなるのは明白なのに。
「本当に大丈夫ですから」
リリアはおでこをさすりながらも龍児の気遣いに笑顔で返した。
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